下川さん(挫・人間)とのツーマン~日記~/小林私 連載「私事ですが、」

2024/03/16 20:00 配信

音楽 コラム 連載

下川さん(挫・人間)とのツーマン~日記~※本人制作画像

美大在学中から音楽活動をスタートしたシンガーソングライター・小林私が、彼自身の日常やアート・本のことから短編小説など、さまざまな「私事」をつづります。

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時は2月22日、新宿red cloth。なちさん(サバシスター)とのツーマン以来で、毎度ワクワクするツーマンを組んでくれる箱というイメージになっている。
新宿そのものは停めやすい駐車場もないし全然好きな街ではないから、ライブとかもなるべく断りたい場所ではある。横浜とかもやたら遠いからめちゃくちゃ行きたくない。

渋谷も好きな街かと聞かれたら全くもってノーだが、GSPark宇田川というオキニの駐車場があるから嫌いではない。

GSPark宇田川は都心では珍しい広い平面駐車場で、ロック式でもなくいつも空いていて帰宅するのに繁華街を抜けなくていいから最高だ。とはいえこないだ無くなってしまった。渋谷もあんまり行きたくなくなった。

閑話休題

リハーサル30分前に入ると、ちょうど下川さんがリハーサルを終えていた。Twitterで多少のやり取りはあれど会うのは二回目(シラフで会うのは初めて)だったので、やや緊張しながら、でも絶対オタク友達になれるというシンパシーを作品からもひしひしと感じていたので、きっかけがあれば話したいなと思いながらリハーサルを終えた。

チューナーの電池が切れていて、俺はライブ前に飯を食っておきたい派閥なのでコンビニへ...と思っていたところで入り口で下川さんと梶原さんが喋っていた!初対面の共演者とかであれば、いつもは大体「アッ...ス」とか言ってコンビニに行ってしまうところだったが、いや、ここだ!と思い会話に参加した。最初の会話がなんだったのか、あまり思い出せないが、多分アニメの話をしていた。

前述した通り意を決したのは嘘ではないが、正直「アニメの話だ!」と思って罠にハマったと言う方が正しい。たまたま前夜観たアニメの話をしていたら、あまり喋ったことのないクラスメイトが鼻息荒く詰め寄ってきた経験はあるだろうか?それが俺だ。

内容は細かく書く意味もないくらい延々とアニメ、ゲーム、アニメだったので割愛。九井諒子の話が出たときにダンジョン飯の話そっちのけでななみちゃんの二次創作に移行したとき、俺はもうこの日がめちゃくちゃ良いイベントになると確信した。オタクはメインの話に紐づけられる知識を有しているとき、嬉しくなってすぐに外側の話をする。

本番前、楽屋で40分ほど待機の時間があった。レッドクロスはステージ、袖、楽屋がほぼ直結していて、バンドが出る場合は手狭そうだなと思う。この日は俺と下川さんだけで、思う存分漫画の話をした。ちょうど『もやしもん』を読み返していたそうで、メロンみたいな香りがする良い大吟醸...と思いきや普通のメロンが出てくる、「今日はお風呂入らない」、『もやしもん』と『げんしけん』は嫌なシーンを嫌に描くのが上手い点で共通している等の話をしていた。

かぐやさん、宇崎ちゃん、僕ヤバは全て規定ルートにあり、描写されるか否かは別として二人の関係がどこに帰着するかは明白なのに騒ぎすぎ、げんしけんの大野さんのショックに比べたら自明という話もした気がする。

そして激論の末、「『萌え』という言葉を復興させるべきだ」という結論に落ち着いた。
『ガチャガチャきゅ~と・ふぃぎゅ@メイト』の二番に「この街は萌える蜃気楼」という天才的な歌詞があるのだが、まさしくあの楽屋は萌える蜃気楼だったように思う。

そんな現代視覚文化研究会こと我々は本番直前まで喋っていたわけだが、5分前くらいに下川さんが「ごめん、もしかして本番前一人になりたいタイプだったりする?」と聞いてくれた。時々飲みの席で暴れている旨のツイートが流れてくるイメージがあったが、めちゃくちゃ気遣いの人なんだなと思った。俺は本番ギリギリまで喋っていたいタイプなので全く問題なかったが、嬉しかった。

本番は何を喋ったか忘れた。というか大体のライブで自分が何を喋ったのか覚えていない。
本格的に活動を始めて四年くらい経っても俺はライブスタンスを一切変えず、歌の合間にくだらない話をし続けている。

俺がくだらない話をする理由は色々あるが、簡単に言うなら予定調和の破壊を目論んでいるからだ。ライブというのは事前に書いた曲を提出した通りに歌う予定調和が織りなすイベントで、それ自体を非難する気は毛頭ないが、俺みたいなのがいてもいいだろうと思って続けている。
それに、せっかくならその日にしか見れなかったものを見てほしいのだ。
曲はいつでも聞ける。それは音楽がドキュメントとしての機能を備えているからで、寧ろそういうものだ。だからなるべくその日に近い話をする。
一番良いのは家を出てから本番までに何かが起きて、それを話すこと。矢野兵動の兵動も同じことを言っていた気がする。

そんな考えの中、俺はちょうど読み返していた『血まみれスケバンチェーンソー』の話をした。これは普通に間違っている。間違っているからお客さんには当然全く伝わっていなかった。しかし、袖からたった一人の大笑いが聞こえた。

満を持して下川さんが登場。
中身を一つ一つ紐解くのは野暮というか、別にライブレポートではなくただのエッセーだから細かくは書かない。
でもなんというか、古の言葉を借りるなら「おまいは俺かw」と思った。
同じことを下川さんも思っていたようで、
「はじめは笑ってたけど、どんどん思考が読まれているような気がして、怖かった」
と言っていた。世代が若干違うし音楽性が似ているわけでもないから、全部が全部同じというわけではないが、抱えた自意識を鏡のように見た気がした。

下川さんは『谷仮面』の話をしていた。完全に間違っている。誰もが俺のライブのように反応に困っていた。『ニセモノの錬金術師』と言った瞬間、袖で思わず拍手してしまった俺を除いて。

何より一番格好良いと思ったのは、ナウシカが王蟲を匿うシーンをプリントした紙(何故?)を見せた後、「ハァ、やれやれ」と呟いていたところ。素で「やれやれ」が出てくるのは格好良すぎる。鈍感主人公の器を感じた。

下川さんの出番も終わり、では早速...とばかりに楽屋でまた漫画の話を再開した。「『神引きのモナーク』もめちゃくちゃ面白いですよね」「新しい作画の方読んだ?」「そっちはまだ怖くて読めてなくて...怖くて読めないで言うと『Spotted Flower』もまだ...」「あれは怖い漫画だよ」と、キャッキャしていたところで、聞こえるはずのないものを聞いた。

この手拍子、アンコールか?

俺は普段アンコールをしない。アンコールをしない、というのも変な話だが、現状ライブシーンにおいてアンコールはするかしないかは事前に決まっていがちだ。タイムテーブルに書いてあることも多い。それこそ俺が苦手とする予定調和の極北だ。
それに、そもそもツーマンでアンコールというのは珍しい。俺達は楽しく漫画の話してんのに...と言いながら、最後に出た下川さんが出るべきなのでは?と、名残惜しそうに下川さんが登場した。
とはいえ何をするか全く決まっていないので、ま、いいかとばかりに俺もステージに行ってみた。スカジャンを着たオタク二人が、楽屋での会話を客前で再開するだけの時間になってしまった。
色々あって「ゲームボーイズメモリー」を二人で演奏した。(何故か俺がギターを弾いていた。)

終演後も話は止まらなかった。
客席にいた梶原さんとも合流してまた延々とアニメや漫画の話。
普段打ち上げに行くことは滅多にないし、特に都内だと車もあるから早々と帰ってしまいがちなのだが、まだまだアニメと漫画と美少女の話がしたくて居酒屋に移動し、アニメと漫画と美少女の話をした。
あれの新作はどうなるかな、とか、ローゼンメイデンで誰好き?とか、『トリリオンゲーム』が通じないなら今日のお客さんたちは普段なに読んでるんだ?とか。
あの瞬間、俺達はあまりにも放課後だった。

ふと帰り道に、下川さんがこの日にカバーした「やさしいスポンジ/GALAXIEDEAD」のことを思い出した。いつ聞いたのか、何故かたまたま知っていた曲だったのだが、数年ぶりに原曲を聞いた。

「透かしている人 透かして歌ってる スカスカの嘘を聴き逃して
優しいだけでは優しくなれなくて 優しいスポンジがあなたを包むだけ なんて嘘」

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