「殺人の追憶」のラストカットの例を挙げるまでもなく、ソン・ガンホという俳優は表情で多くを語る。家族を失ったヒロインの悲劇を描いた映画「シークレット・サンシャイン(密陽)」(2007年)では、終始どんよりしたストーリーの中でただ一人、人のいい笑顔を浮かべて癒やしの存在に。この作品でアメリカの「第19回パームスプリングス国際映画祭」主演男優賞を獲得するなど、ガンホが言語も文化も飛び越え、表情の機微でグローバルの観客の心を打つ稀有な俳優であることも広く知られていった。
キャリア10年を数えるようになると、作品が公開されるたびに注目を集め、韓国国内の賞レースをにぎわせるスターとなっていった。
故・盧武鉉元大統領の弁護士時代がモチーフとなった映画「弁護人」(2013年)では、国民主権を力強く訴える熱量あふれる法廷シーンが人々の心を打ち、「第35回青龍映画賞」主演男優賞を獲得。一方で、多数の死者を出した「光州事件」を題材にした映画「タクシー運転手 約束は海を越えて」(2017年)では、シリアスな事件を背景にしながらも、どこか憎めないタクシー運転手マンソプをユーモラスに好演。こちらも「第38回青龍映画賞」主演男優賞を受賞した。
特に「タクシー運転手―」は韓国で1200万人を動員し、この年のNo.1ヒット作に。とぼけた表情でうそをついてピンチを切り抜けたり、暴動に怯えて腰を抜かしたり…マンソプは、ガンホ自身もメイキング動画で「喜怒哀楽をたっぷり表現しました」と語ったほど表情豊かで、いい感じに肩の力が抜けたキャラクター。そんなユーモアあふれる人物造形も、ガンホが映画ファンに愛される所以だろう。
こうしてキャリアを積み上げてきたガンホは2019年以降、一気に世界的俳優へと躍進した。
大ヒット作「パラサイト―」では、貧乏暮らしも意に介さない気ままな父・ギテク役。まんまと運転手として“寄生”先の一家に入り込み、うその経歴をペラペラ語りながらハンドルを握る姿には、妙なおかしみと説得力がある。同映画は「第92回米アカデミー賞」で非英語作品初の作品賞など4部門を獲得した他、ガンホ自身も「第26回全米映画俳優組合賞」キャスト賞や「第45ロサンゼルス映画批評家協会賞」助演男優賞を獲得。海外での人気ぶりも強く印象づけた。
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