朝ドラ・大河、“奉祝曲”も担当「マクロスF」シリーズを彩る名音楽家・菅野よう子の音楽の深淵に迫る

2024/06/19 07:10 配信

映画 音楽 コラム

「マクロスF」シリーズの音楽を手掛ける菅野よう子氏の魅力に迫る(C)2009 BIGWEST/MACROSS F PROJECT

SFアニメの金字塔「マクロス」シリーズの25周年記念作として制作された、人気作「マクロスF」が6月12日(水)よりディズニープラスで配信開始。6月14日(金)には同テレビアニメを新たな解釈で再構築した劇場版2部作「劇場版マクロスF~イツワリノウタヒメ~」「劇場版マクロスF~サヨナラノツバサ~」、そして短編映画「劇場短編マクロスF 〜時の迷宮〜」なども配信。「マクロスF」がテレビで放送されていたのは2008年4月から9月にかけてのことだったので、ある程度の年齢層の方には「懐かしい」という気持ちや、熱い感慨もこみあげてくるはず。そんな「マクロスF」において音楽を担当しているのが、連続テレビ小説「ごちそうさん」(2013~14年、NHK総合ほか)、大河ドラマ「おんな城主 直虎」(2017年、NHK総合ほか)の音楽も手掛けたヒットメーカー・菅野よう子である。今回は音楽をはじめ幅広いエンタメに精通するフリージャーナリスト・原田和典氏が、「マクロスF」シリーズの象徴的な楽曲と音楽家・菅野にスポットを当て、独自の視点で解説する。

後世に語り継がれる名作シリーズ


「マクロスF」は、放送当時「マクロス7」以来13年ぶりのテレビアニメシリーズだった。リアルタイムで作品を体験していない世代が感銘を受け、また次の世代に伝えていくことによって、「作品」は真の「名作」となるものだが、「マクロスF」は紛れもなく「名作」と呼ばれるにふさわしい物語。感動的なまでの楽曲「ニンジーン Loves you yeah!」や「虹いろ・クマクマ」がスタンダード・ナンバーとして聴き継がれ、歌い継がれている。

その2曲をはじめ、「マクロスF」のほぼすべての音楽を手掛けたのが菅野だ。その中には「星間飛行」や「ライオン」、「射手座☆午後九時Don’t be late」など、シリーズを知らなくても一度は聴いたことがあるであろう名曲もズラリ。1995年のOVA「マクロスプラス」以来となる名音楽家の参加は、作品のファンにあらゆる期待を超える喜びを与えたといっていいだろう。

個人的な話で恐縮だが、私が菅野の名を知ったのは2000年代後半の、ちょうど「マクロスF」が始まる直前のことで、当時付き合いのあった音楽雑誌の編集長から勧められたと記憶する。私は誰かに勧められたアートは、どんなものであれ、ひとまず自分の体に通すことにしている。菅野の音楽は、非常に清涼で論理的、文章でいえば主語と述語の関係は非常にはっきりしていて、しかも修飾語や助詞がニュアンスに富んでいる――そんなサウンド作りであると感じた。そこから坂本真綾への提供曲、この「マクロスF」の音源などを聴くようになったのだが、実はその遥か前から、菅野の演奏を耳にしていたのだと、そのうち知った。

一つは、おニャン子クラブのライブ盤「おニャン子Sailing夢工場'87LIVE」。昨今の大人数アイドルライブのことを考えると信じられないかもしれないが、おニャン子のコンサートは生バンドの伴奏で行われており、歌+楽器の総勢40人前後が同時にステージで演唱することもあった。もちろん生歌。このバックバンドに菅野は在籍していた。

時代は飛んで1998年から99年にかけて、テレビアニメ「カウボーイビバップ」が放送された。こちらの楽曲は挿入歌も含めて、大半が菅野の手によるもの。“ビバップ”というのはジャズの数あるスタイルの一つを示す言葉でもあり、実際、演奏を手掛けたバンド“シートベルツ”には村田陽一、竹野昌邦を含むすご腕が集結し、音作りにもジャズの風味が盛り込まれた。

さらに私が仰天させられたのが、すべての曲ではないけれど“ジャズ・レコーディングの神格”ことルディ・ヴァン・ゲルダーを録音エンジニアに迎えたこと。1970年代以降のルディは、基本的に米国ニュージャージー州にある自宅スタジオでしか仕事をしていない。つまり演奏家はルディ邸にお呼ばれするのと同じ、言い方をかえればルディのお気に召さなければ接点すら生まれない。菅野もそれだけ偉大な音楽家であるということだ。

「劇場短編マクロスF 〜時の迷宮〜」キービジュアル(C)2021 BIGWEST/MACROSS F PROJECT

アニソンの枠を超えた人気に


そしていよいよそんな彼女が音楽を手掛ける「マクロスF」シリーズのディズニープラスでの配信が開始された。「マクロス」シリーズは、1982年に放送された「超時空要塞マクロス」から始まった、「歌」「可変戦闘機“バルキリー”のメカアクション」「三角関係の恋愛ドラマ」を軸として、これまでに18タイトルが製作されているSFアニメ。ディズニープラスでは、2024年内にマクロスシリーズ全18タイトルを配信予定だ。

1994年と2017年には、同シリーズの劇中歌などを収録したアルバムが「日本ゴールドディスク大賞アニメ部門アルバム・オブ・ザ・イヤー」を受賞。2020年には、シングルがオリコン週間ランキング1位を獲得するなど、アニソンの枠を超えた人気を集めている。

シリーズ屈指の人気を誇る「マクロスF」では、主人公・早乙女アルト(CV:中村悠一)の心の動きにも感情移入してしまうが、音楽好きとしてはやはりアーティスト系のシェリル・ノーム(CV:遠藤綾、歌唱:May'n)、アイドル系のランカ・リー(CV&歌唱:中島愛)という、2人のボーカリストの対照的な持ち味が楽しめるのもいい。「ニンジーン Loves you yeah!」や「虹いろ・クマクマ」は、「こういうものこそ本当の名曲と呼ぶのだ」と、こぶしをあげて叫びたくなるようなパワーを与えてくれるものだ。

これらと2012年発表のチャリティーソング「花は咲く」、2019年の「天皇陛下御即位をお祝いする国民祭典」で披露された奉祝曲「Ray of Water」などが、同じ作家の手によって生み出されているのだという、その幅広さには驚嘆させられるし、その幅広さはすなわち音楽のダイナミズムである。

◆文=原田和典

「劇場版マクロスF~イツワリノウタヒメ~」より(C)2009 BIGWEST/MACROSS F PROJECT