コミックの映像化や、ドラマのコミカライズなどが多い今、エンタメ好きとしてチェックしておきたいホットなマンガ情報をお届けする「ザテレビジョン マンガ部」。今回はフィール・ヤング5月号に読み切り掲載された出路かし魚さんのデビュー作、アイロンがけを通して心のしわを伸ばし、自己発見と恋愛を描いた物語『アイロン』をピックアップ。
出路かし魚さんが5月20日に本作をX(旧Twitter)に投稿したところ反響を呼び、1.1万いいね数以上の「いいね」が寄せられ話題を集めている。この記事では、出路かし魚さんにインタビューを行い、創作の裏側やこだわりについてを語ってもらった。
主人公の名前は“橙子(とうこ)”。彼女は、彼氏の正(ただし)の誕生日にケーキを作って祝う。しかし、正は橙子に対して「君って本当は俺のこと愛してないんだ」と告げ、別れを告げる。橙子は彼氏を愛していると感じているが、どうしても体を重ねることができないことをずっと悩んでいた。「こんなに好きなのに私は熱を求めることも、伝えることもできない」という心の叫びが橙子の苦しみを象徴している。
作品の中ではアイロンがけをするシーンが何度か描かれ、アイロンが象徴的な存在となっている。橙子は、愛している相手との愛情の温度感・表現方法の違いに葛藤する。
橙子は、自分の感情と向き合いながら、自分のペースで前に進む決意を固められるのだろうか――。
本作の投稿へは、「扱っているテーマとモチーフの取り合わせに胸を打たれる作品でした」「同じ経験をしたことがあります」など、共感するコメントが寄せられた。
――『アイロン』を創作したきっかけや理由があれば教えてください。
元々はweb媒体の漫画賞に応募するために制作しました。『アイロン』は自分にとって2作目の漫画なのですが、1作目が少年漫画で、次は少し系統の違うものを描きたいと漠然と思っていました。
まだ漫画を描き始めて日が浅いので、自分の作風や、合う媒体を模索する感覚で……手探りで題材を考えるなかで、自分のなかに燻っていた「怒り」に目を向けました。
映画や漫画、小説、また二次創作など、いろいろな作品が好きで嗜みますが、それらには必ずと言って良いほど「恋愛」や「性愛」が付随してくることが嫌でたまらない時期がありました。また現実の話でも、「恋愛」「性愛」が「普通」のこととして語られることについていけず、「自分は周りと違う、おかしいんだ」と異物感を抱えながら10代を過ごした経験があります。
その気持ちに焦点を当てようと考え、『アイロン』の制作を始めました。素直に言い換えれば、 (商業漫画としては失格かもしれませんが)“漫画にする”という行為を通して、過去の幼い自分に「あなたはおかしくないし、ひとりじゃないよ」という言葉をかけてあげたかったのだと思います。
――主人公の橙子のキャラクターはどのように生み出されたのでしょうか?
主人公の橙子については、ほとんど自己投影的に作りました。作者のパーソナルな話となり恐縮ですが、私自身の恋愛指向はクワロマンティック、性的指向はアセクシュアルです。誰かのことを好きになる(恋愛か友愛かは分からない)けれど、誰に対しても性的に惹かれることはありません。
何か特別なきっかけがあってそうなったのではなく、多くの方が生まれながらに異性を好きになるように、右利きであることに理由がないように、私は生まれながらにアセクシュアルでした。
橙子についても、「そういう“設定”のキャラクター」というより、「ただそうである」というだけの意識で、かなりフラットな感覚で生み出しました。
ただ、それが多くの人には理解されません。作中にもありますが、アセクシュアル当事者は「善意的(無意識的)な差別発言」を受ける場面が多いです。まずはその現状をしっかり描こうと思いました。
また、アセクシュアル表象の話が増えてきたとはいえ、アロマンティックやアセクシュアル=感情が乏しい、人間味に欠けるといったステレオタイプの印象を抱いている方がまだまだ多いと感じていたので、そうではない、感情豊かな子にしようと気をつけました。
――作画の際にこだわっている点や「ここを見てほしい」というポイントがあれば教えて下さい。
漫画を描く際には「読みやすさ」が一番大事だと思っているので、フキダシの位置や形、ベタとトーンのメリハリなど画面の見やすさに気を遣っています。
『アイロン』においては、「アイロンをかける行為」と「主人公橙子の気持ち」のリンクを意識した構成になっているので、そこに注目していただけると嬉しいです。
――特に思い入れのある(気に入っている)シーンやセリフはありますか?
電機屋さんが橙子に「分かります とても」と言うシーンです。シンプルですが、誰かにそう言ってもらえることによって、長年周囲と違うことに異物感を抱き傷ついてきた橙子が「ひとりじゃない」と気づく、あるいは勇気づけられる大切な場面であり、大事なセリフです。
その直前の「私だって待ってた」という独白も、橙子の苦悩に真剣に向き合って描いた大切なシーンになっています。
――一から世界観を創り上げ物語を展開していくうえでこだわっている点や特に意識している点がありましたら教えて下さい。
まだ漫画を描き始めて日が浅く、作品数も少ないので何とも言えませんが……個人的に、暗い話ではなく、前向きな話を作りたいと思っています。どんよりしたまま終わるのではなく、少しだけ胸がスッとすくような、そんな読後感になるように意識しています。
――今後の展望や目標がありましたらお聞かせいただけますか。
夢は単行本を出すこと、連載を持つことです。とは言えまだまだ四方八方手探り状態なので、当面は「漫画を描き続けること」が目標です。
あとは群像劇が好きなので、いつか群像劇コメディ漫画を描けたらいいなと思っています。
――最後に作品を楽しみにしている読者やファンの方へメッセージをお願いします。
『アイロン』は自分の想像を遙かに超えた多くの方に読んでいただけて本当に嬉しく、感謝の気持ちでいっぱいです。身に余るお言葉を沢山いただいた反面、ハッとするような、今一度自分を見つめ直すきっかけになるお言葉やご意見も目にしました。
今後はもっと読者の方を意識して、自分が届けたいテーマをまっすぐに伝えられるように精進したいと思います。アップデートを繰り返して進化し続けたいと思いますので、応援のほどよろしくお願いいたします!
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