【連載】三浦瑠麗が「夫婦」のあり方について問う新連載「男と女のあいだ」がスタート #1 夫婦は何のためにあったのか

2024/07/31 18:00 配信

芸能一般 コラム 連載

女性だけの家庭になったとき、わたしは一つ一つ疑問に思っていたことに解が与えられた気がした。
昔は、日本における家制度の残滓(ざんし)や「嫁」という古い概念が影響を与えているのだと思っていた。実際、戦中世代の舅はそのような幻想を持っていたし、彼の人生の最後の頃にはわたしが忙しくなってその期待に沿えなかったため、価値観のずれが目立つことはあった。とはいえ、同世代の、18歳のときから同じ場所で同じ空気を吸っていた者同士の価値観がそこまでずれることは考えにくい。

アメリカ人の姑が急逝したとき、英語で書かれた手紙を遺品の中に見つけた。見つかった手箱からして、おそらく手紙を受け取った舅ではなく書いた本人が取っておくことにしたものだろう。それは若い頃の姑が結婚前に舅に宛てた手紙で、文化の違いがあるにせよ、愛情表現の不足はよくないということについて切々と諭すように書かれたものだった。舅は十分に妻を愛していたと思うが、戦中世代としてはおよそ口に出してI love youなどと言ったことがあるかどうかも疑わしい。月が綺麗ですね、が精いっぱいのところだろう。

母親というのは、自分のために何も望まない人だ。そういう誤解が神話のように存在していると思う。亡くなった舅は優しく、わたしがはっきりものを言えば飲み込んでくれる人だったが、だからといって彼の元々の世界観が揺らぐことはなかった。自分という存在が世界の中心である人だった。ふだん倹約家の姑が、老後に住みやすい家が欲しいと言い出したとき、誰も本気で受け取らないのを見て、義理の娘であったわたしは介入を申し出た。何も自分のために要求したことのない人がここまでいうというのは、これは本気にした方がいい、と。結果、彼女は眺めのいい家で幸せな老後の幾年かを過ごした。けれども、それがわたしの強引なプッシュによってはじめて実現したものであったことを折に触れて思い出すことがあった。



母の無償の愛。その鋳型に母親自身も自らをはめ込み、自縄自縛になってゆく。人間の器しだいでは、その負荷は際限なく膨らんでいってしまう。
わたしもまたその鋳型に自らをはめ込む癖があったが、実際の「母」としての役割だけでなく、与えるという行為が広く周囲にまで拡大していってしまうことがある。それは時に害をなすこともあるかもしれない。女性だけの関係に自らを置いたことで、わたしは家族の中における父権的なものへの疑いを濃くするとともに、母的なるものが内包する問題についても考えることができた。

父権的なものが男女平等の時代に成り立たないことはいうまでもない。ましてや妻の方が社会的に先に立つような場合にはなおさらである。父的な関係性は家族を固く結びつけもしない。人の世話をあまり見ないからである。とはいっても、母的なる愛情にもどこか弊害がある。それが当たり前に強い結びつきであるだけに、相手を誤解させ、甘えさせ、色んな意味で影響を与えてしまう。踏み込みすぎない軽さであったり、同好の者同士のゆるい繋がりであったり、というバリエーションがそこにはない。だが、わたしは子育てでゆっくり考える暇もないときでさえ、自分が自立していることを疑ったことはなかった。子どもがある程度育った後には、自由を差し出しているつもりもなかった。

言葉にしてみると当たり前のことのようであるが、わたしは自分が元夫に十分に独立した人格であると見なされていないことに気づき、愕然としたのだった。それは、わたしが女性として抗ってきた因習に満ちた社会の眼差しからさほど距離のある態度ではないように思った。同時に、自分が与えてきた寛容さであるとか愛情というものが、必ずしもその人に良いものとは限らないということに遅まきながら気づくことになった。
そこで、考えた。夫婦とはいったい何のためにあったのだろうか。子どもへの愛情は明確な共通項であるとして、なぜ友人同士ではいけないのだろうか。ほんとうにわたしを妻とすることが相手にとってよいことなのだろうか。さらに、わたしはそもそも男性に何を求めているのだろう、と。