今年も世界最大のアイドルイベント「TOKYO IDOL FESTIVAL」(※通称TIF)が、8月初旬に開催され、メジャーデビューアイドル、インディーズのライブアイドル入り混ざり3日間で195組1,306名のアイドルが集結し観客80,604人を動員して盛り上がりを見せた。坂道グループ、48グループといった大手アイドルだけでなく、最近はFRUITS ZIPPERや、超ときめき♡宣伝部、高嶺のなでしこなど、日本の女性アイドルが人気急拡大し、かつては地下アイドルといわれたライブアイドルも日本武道館公演を実施する事例も見られ、また日本の女性アイドルが盛り上がりを見せている。そこで、「日本一女性アイドルが好きな女」としてアイドル紹介YouTuber・推し活インフルエンサーとして活動し、ライブアイドル「アイドル革命」のプロデューサーも務めるまゆぴぴさんにアイドル文化について語ってもらう不定期連載をスタート。第一回はまゆぴぴさんが、アイドルプロデューサーになった経緯や、現在の活動について語ってもらいました。
――まゆぴぴさんは「日本一女性アイドルが好きな女」としてYouTuberやTikTokで活動されていますね。アイドルが好きになったのはいつ頃からでしょうか。
ライブアイドル、いわゆる地下の現場に通い始めたのは、中学1年生の頃からです。友達がアイドルを始めたのがきっかけで通うようになりました。
――ということは今とは違ってまだ現場は男性ファンばかりの時代ですよね
はい。まだ子どもでしたから、「前行っていいよ」みたいな感じで、男性ファンの方が良くしてくれたりして。当時は女性アイドルの現場に女の子のアイドルファンは少なかった印象です。その頃から自然と応援していたこともあって、男性ファン・女性ファンどちらの気持ちもわかります。
――中1くらいにそのアイドルが好きになって、ご自身もアイドルをやられてたんですよね。
実はアイドルになりたかったわけではなく、元々は歌手を目指していたんです。小学生の頃から倖田來未さんに憧れて、ずっと歌手になりたくて。私はどちらかというと、メンバーと一緒に活動することだったり、「こういう路線で行きます」って言われてやるというよりは、自分で作詞作曲をして自己プロデュースで発信していきたいっていうタイプでした。
小5から歌手を目指していたため、けっこう長い期間練習生の経験があり、周りにアイドルになっていった子も多かったです。同世代で活躍している仲間の影響でアイドルを注目して見るようになって。それと私、そもそも可愛い女性や音楽が好きなので、アイドルのライブを見ることが楽しくてどんどんハマっていきました。
大学進学とともに上京し、セルフプロデュースで歌手活動をしていたんですけれど、なかなかうまくいかず。大学4年で一度活動に見きりをつけて会社に勤めました。会社員2年目でコロナ禍になって、誰とも会えなくなり、「私何のために東京に来たんだっけ、夢叶えたくて来たはずなのに・・・」何も叶えられてないってなって。思い切って会社を辞めて、24歳で一旦地元に帰りました。
――地元ではどんな生活をしていたんですか?
いわゆるフリーターだったんですが、発信することが好きでYouTubeチャンネルを立ち上げていろいろ投稿していたら、女性アイドルのヲタ語り動画がバズったんです。私は昔から美女が大好きだしヲタクだったなと思い返して、アイドルヲタク系の内容をたくさんYouTubeやTikTokに投稿するようになったら、視聴者さんが増えていきました。
――アイドルオタクYouTuberがそこからどうやってアイドルプロデューサーにつながったんでしょうか?
毎日動画投稿をしていたら、とあるアイドルグループからお声がかかって。当時25歳だったので、アイドルを始めるにはギリギリの年齢とわかっていましたし、もうこの先の人生こんな機会はないだろうなと、思い切って再び上京することにしました。
しかし自分がステージに立ってアイドルを経験する中で「私、応援している方が楽しいな」って思ったんです。 「どう売っていくか」を考えたり、メンバーとカウンセリングして方向性を定めていくような動きの方が自分には合ってると思ったので、アイドルを辞めて再びフリーターに戻りました(笑)。
――なんとまさかの二度目のフリーターに…!?
でもそれこそ、大学を出たのに会社員を辞めて、実家に戻り、アイドルになって、それも辞めてバイトして…もう散々な人生じゃないですか。 「私、何やってるんだろう」って思って、YouTubeを本格的にやることにしました。毎日投稿したり、SHOWROOMも毎日配信し始めて。
メインで投稿していたのが、私の地元・大分の大スター、指原莉乃さんのプロデュースしている=LOVEさん、≠MEさん、≒JOYさんの情報発信。こちらを毎日のように投稿していたら、グループのファンの方々が配信にも来てくださるようになって。アイドルヲタクたちが集まるコミュニティみたいな場ができたんです。
視聴者の方がオフラインのイベントにも来てくださるようになって。それが26歳の後半ぐらいですね。その頃、新たに「アイドルをプロデュースしたい」という夢が芽生えました。素敵なタレントさんがたくさんいらっしゃる芸能事務所プリュさんにプレゼンテーションの機会をいただいて、アイドルをプロデュースしたいですっていうお話をさせていただいたんですよ。
憧れの指原さんもアイドルをプロデュースされているし、自分が歌手では叶えられなかった夢を、若い夢を持った子たちに託してみたかったんです。プロデューサーになり、回り回って作詞家という夢を叶えられたことをとても幸せに思います。
また、私が過去にたくさんのオーディション受けてきた中で感じた悔しい経験をもとに、私が作るグループは、今まで挫折経験がある子や、何にも後ろ盾がない子をしっかり変えてあげたいっていう思いもあったんです。理想のアイドル像や具体的なコンセプトも決めていたので、そういうプレゼンをしたら「じゃあやりましょう」と言っていただけました。2023年にオーディションを開催して、 その年の9月23日にアイドル革命は業界史上初の韓国でデビューを果たしました。
――現在はアイドルのプロデューサー業をしている中で、個人のインフルエンサー活動も平行しているんですね。
夢を持っている子たちをもっと知られるべきところに広めたい、「まゆぴぴちゃんが紹介したグループなら間違いない」って思ってもらえるようになりたいんです。そのためにも、私が表に立ちアイドル業界のおもしろさを伝えられる文化人的な活動をすることで、まだ世に見つかってない子たちを掘り起こして発信していきたいですね。
アイドル革命にはたくさん夢を叶えてほしいから、今後もたくさん愛情を注いでいきます。一方で私個人の人生のミッションとしては、夢を持ってる人たちを見つけてもらえるよう、発信できる人になりたいという一心で活動してます。今、ライブアイドルとメジャーアイドルの差がなくなってきてるのと一緒で、インフルエンサーもメディア進出している時代なので、私も作詞家(アイドルプロデューサー)や文化人として生きていくのが目標です。今日、この取材でやりたいことが1つ叶いました(笑)
次回のテーマは、「アイドルプロデューサーのお仕事」について。
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