「この夏一番面白い」と話題のドラマ「飯を喰らひて華と告ぐ」1話12分のショートに詰まった“旨味”を徹底解剖

2024/09/02 08:30 配信

ドラマ コラム

「この夏一番面白い」と話題のドラマ「飯を喰らひて華と告ぐ」の“旨味”を徹底解剖※提供画像

足立和平の同名漫画を実写化したドラマ「飯を喰らひて華と告ぐ」(毎週火曜夜11:45-0:00、TOKYO MX)。1話12分と短い尺ながら、「この夏一番面白いドラマ」と評されるなど大きく話題をさらっている。凄腕の料理人ながら、どうにも全力でズレている店主が“胃袋つかんで心を離す”客とのやり取りが癖になる同作。仲村トオルが演じる店主を中心に、同作の魅力を深掘りしていく。

街角にある料理店のオヤジを仲村トオルが熱演


ストーリーの冒頭、こんなナレーションが流れる。「この店に来た客はみんな口をそろえてこう言うよ。“なんかよかった”ってね」。東京都内のとある路地裏に位置する料理店「一香軒」には、人生の岐路に立った老若男女、さまざまな悩みを抱える客が足を運ぶ。

「一香軒」の店主・オヤジは情に厚く親身で、絶品料理とともに客1人ひとりに寄り添った言葉をくれる…のだが、アドバイスはそろいもそろって見当違いのものばかり。客が「なんでそうなる?」と感情を大きく揺さぶられるのをよそに、オヤジは持論と謎の格言を力説する…。話がまるで噛み合わないまま食事を終えるものの、その帰り道ではいつの間にか客の心が前向きになっているのだ。

客の望むものは「何でも出す」と豪語する謎の凄腕店主・オヤジを演じるのは仲村トオル。迫力あるたたずまいで客に向き合い、一見ぶっきらぼうに見えるシーンも少なくない。しかし静かな瞳と堂々とした演技で、店主が持つ“謎の説得力”まで見事に再現している。

また同作は毎話別々のゲストがやってくるのも注目ポイント。田村健太郎吉村界人高橋ひとみきたろうといった個性あふれる実力派俳優陣が登場し、店主の勘違いに振り回される。12分という短い時間でも謎の満足感を味わえる要因の1つは、間違いなく脇を固めるキャストの名演にあると言っていいだろう。

客を困惑させるオヤジの“謎格言”がクセになる


同番組のハイライトは、オヤジが客に贈る「格言」だ。会社で周囲とのコミュニケーションが上手く行かず苛立つ若いサラリーマンに対しては、「美き(うまき)ものにて事を成す」と伝え背中を押す。楽しみにしていた夫婦旅行が夫の都合によりキャンセルとなり落胆する主婦には「天下人、早飯すらも口直し」という言葉を、児童との接し方に頭を悩ませる小学校の女性校長へのメッセージは「老いぼれ涙の萬(よろず)治し」という言葉を贈った。

オヤジの口から飛び出すそれらの格言を耳にすると、何かを諭される感覚に陥る。「ああそういう言葉があるんだ」と編に納得してしまうのだが、オヤジが語る格言はすべてオヤジのオリジナル。以前仲村トオルへのインタビューをおこなった際は、「足立先生に『格言や解説、あれ全部フィクションですか』と確認したら、『全部フィクションです。作り物です』と返ってきました(笑)」と原作者・足立お墨付きのオリジナルであることを明かしていた。もちろん辞書を引いても一切出てこない。

それでも絶妙に“それっぽい”格言の数々がちょっと腑に落ちそうな気になる要因は、おそらく仲村演じるオヤジの自信満々のたたずまいにある。「すべてわかっているぞ」と言わんばかりの遠い眼差し、大きくすべてを受け入れる価値観、安心感を与えてくれる深く低い声…。原作のオヤジを見事に再現しているのだ。

面白いのは、仲村も当初は「あえて勘違いのふりをして慰めている」のだと思っていたということ。しかし念のため確認したところ、スタッフから「違います」とばっさり否定されたと撮影時のエピソードを明かしていた。

たしかにオヤジの言動は、「わざとやっている」とでも思わなければ驚くものばかり。わずかに漏れた言葉や服装、果ては雰囲気から勝手に相手の身の上を深読みし、決めつける。客を万引きGメンや肛門外科医、さらには地球外の生物に仕立て上げてしまった挙句、オヤジの奔放なアドバイスはあらゆる方向に飛んでいく。

客はまるで見当違いのアドバイスと慰めを投げかけられ、抵抗しても「わかっているから」という大らかな目で説き伏せられる。一見とんでもない迷惑なオヤジなのだが、その一方でオヤジの熱意、人情深さを感じ取り、何かの気づきを得る客もゼロではない。

最終的にはまるで意味のない、見当違いなアドバイス。しかし店を出た客がどこかすっきりとした表情を浮かべるのも事実だ。まるで突然台風に見舞われたような経験が、直前まで抱えていた悩みを吹き飛ばすのだろうか。