【連載】何度もネットで拡散される脱退動画が生まれたわけ/onodela「アナーキーアイドル」#2 ステージに乱入してアイドルを脱退した話(後編)

2024/11/06 19:00 配信

アイドル 連載


ステージから観客席を見渡せば、知っている顔があっちこっちにいる。短い活動期間で、他の子目当てでライブ現場に来ていたが、私にも優しくしてくれていた素敵なファンの方々だ。デビューしたばかりの私の特典会にきてくれたり、あだ名で呼んでくれた親切なファンの方たちと目を合わせると、思わずニコッと微笑みかけた。応援してくれた人の笑顔を前にして、これから言うことを考えると胸が痛くなる。

感謝している。短い期間で繊細な信頼関係も築いている。だから、闇に包まれたまま別れを告げたくない。私は、この6ヶ月間、本気で挑んだ。考えもしなかったようなハプニングで、夢が絵に描いた餅になってしまったけど、これが私の最後のステージ。滑稽で笑われても、信じてもらえなくても、執着していた理想を壊した人たち、私に対してすこしでも期待してくれた人たちへの、最後のメッセージを伝えたい。

同じグループの中で唯一、私に対して平等に接してくれていた外国籍のメンバーに「ごめん、マイクを借りてもいい?」と懇願した。彼女は少し戸惑いながら、私のお願いを受け入れてくれた。彼女の優しさに感謝しつつ、マイクをいただいたその瞬間、ステージの脇から突然おじさんのスタッフが現れた。

彼が慌てて駆け寄り、強引に私の腕を掴んで引っ張ってきた。力強い手が私の腕に食い込み、マイクを無理やり奪おうとする驚きと引っ張られた痛みを感じながらも、私はマイクを手放さないように必死に抵抗し、「なんだよ!」と切迫した声で、意志を込めて叫んだ。その声にスタッフも一瞬、動揺を見せた。

スタッフの手を払いのけたら、彼が一時的に退いた。私はついにマイクを守り切ったと勘違いし、気を取り直して宣言をする決意を固めた。観客たちはその状況を見て、何が起こるのか興味津々で見入っている。

ステージのライトが私を強く照らし、マイクをしっかりと握りしめ、観客に向かって宣言を始めようと口を開いた。

「今日で、このグループをやめます」

カメラが回っていることに気づいていなかったが、これが何度もネットで拡散されるあの例の動画が生まれたきっかけである。

しかし、こう叫んだ直後、一時的に退いたおじさんのスタッフは、マイクの音を切ってしまっていた。これがマイクなしでのスピーチになってしまった経緯である。



ステージを降りると、急いで楽屋に戻り、荷物をバッグに放り込んだ。会場の出口に向かう途中で、仲の良かった別のグループのメンバーとばったり出くわした。彼女はもうこのハプニングを知っている様子だったが、お互いに言葉を交わす余裕もなく、ただ苦笑いを浮かべるだけだった。これからもう会うことがないかもしれないと思うと、少し寂しい気持ちがこみ上げた。それでも、足早に会場を後にした。

私が会場から去っていたとき、メンバーたちが「無色の色」という曲を歌っていた。「この曲、このグループの曲で一番すきな曲だな」と、失恋ソングを耳にしながら言葉にならない切なさが湧いてきた。

「無色ってなんだよ、お前ら真っ黒じゃないかよ」と、心の中で自嘲気味に突っ込みながらも、歌詞の切なさが、アイロニーのように自分の状況と重なり合った。

帰り道、スタッフに後ろをつけられているのではないかと疑心暗鬼になりながら歩いた。バスに乗り込み、窓の外に流れる風景をぼんやりと眺めながら、自分の置かれた状況があまりにも非現実的で、心の整理がつかなかった。家に着くと、しばらくただソファーでぼーっとしていた。急いで帰ったせいで、楽屋にヘアアイロンを忘れてきたことにようやく気づいた。

【写真】本番数分前、社長から衝撃の告白をされるなんて夢にも思っていなかった私本人提供写真