10月も後半になると、ハロウィンムードが街を包む。正調のハロウィンは毎年10月31日の夜から行われるそうだが、日本では「10月末の土日を含むそのあたりの時期」が何となくハロウィンの雰囲気となる。いつどこで発祥したのか、内実がよく分からなくても、ハロウィンという言葉を耳にするだけでワクワクし、コスプレやパーティーに一層の気合を入れる人も多いに違いない。日本でハロウィンが定着したのは20世紀も終わりになってからだと思うが、それなりの時間をかけて、ハロウィンはわが国でもクリスマス前の盛り上がりイベントとしておなじみになった。ただ、クリスマスのようなかわいさやキラキラ感は薄い印象。ハロウィンにとって、クリスマスはちょっと憎らしいスター的な存在なのかも。そして、そう感じさせてもくれる映画がこの時期になると見返したくなる「ナイトメアー・ビフォア・クリスマス」(1993年)だ。日本公開は1994年の10月ということで、ちょうど日本公開から30年になる今作を幅広いエンタメに精通するフリージャーナリスト・原田和典氏が視聴し、独自の視点でのレビューを送る。(以下、ネタバレを含みます)
今では“ハロウィン映画屈指の名作”との呼び声も高い一作だが、製作された1993年当時としては、この作品は大変斬新な、ある種“掟破り的な作品”でもあったのではなかろうか。ハロウィンをテーマにすること自体がまだ少し珍しかっただろうに、人形を主役にしたストップモーション・アニメで物語をつづり、しかも歌まで歌うミュージカル仕立てなのだから。最初の数分を見ただけで、本当に手間のかかった、並外れた気合と技術がなければ成就できない作品であることが伝わる。加えて言うなら「ナイトメアー・ビフォア・クリスマス」(クリスマス前の悪夢)というタイトル通り、ホラー的な要素もたっぷりあり、怖さやダークネスや人間(人形)関係のドロドロもガッツリ内包しているので「ハロウィン最高! 楽しい! 大好き!」的なものでは全くない。
原案・製作のティム・バートンがこの映画の原型にあたる同名の詩を書いたのは、製作に遥かさかのぼる1982年のことであったという。つまり初監督の短編映画「ヴィンセント」公開とほぼ同時期にあたる。彼の名声を確立するきっかけとなった「ビートルジュース」は1988年の公開だから、82年当時のバートンは、映画史の中ではまだ目立った活躍をしていないに等しかったはず。そんな時期に「ナイトメアー・ビフォア・クリスマス」という詩を書いて、それを心や頭に保存して、温め、練り、膨らませてきたものが、10年後についに映画化されたのだから、バートンの喜びもひとしおだったことだろう。
ただ、今作においてバートンは原案・キャラクターデザイン、製作の一人として携わっているものの、実際に監督として第一線に立ったのは、バートンと同じくディズニーのアニメーターとして働いていたストップモーション・アニメーターのヘンリー・セリック監督だ。「ティム・バートン ナイトメアー・ビフォア・クリスマス」とも表記されるため、勘違いされがちだが、紛れもなくセリック監督の代表作と言っていい。この作品は「第66回アカデミー賞」で視覚効果賞にもノミネートされた。
先に触れたようにストーリー展開は辛口だし、見るからにかわいいキャラクターが登場するわけではない。「ハロウィン・タウン」の王様であるジャック・スケリントンは「クリスマス・タウン」の楽しい雰囲気に嫉妬と憧れを抱いており、自分たちでもクリスマスを始めようと思ったり、サンタクロースの誘拐を企てたり、生々しいキャラクターである。彼がヒロインのサリーと恋をするシーンがロマンティックに描かれているところは、物語の中に潤いを与えているが、いささか子どもにはハイブラウな展開だったのでは――というのも私の正直な意見だ。
逆に言えば手加減していない。媚びていない。人形アニメが子ども専科だと考えていない、もしくは子どもも大人も同じ「人」として捉えている、そんな爽やかさがある。音楽はロックバンド“オインゴ・ボインゴ”のダニー・エルフマンが担当、ボーカリストや声優(英語版)としても活躍の場が与えられている。ほか、英国のムード・ミュージックの超大御所“マントヴァーニ・オーケストラ”の楽曲が挿入されているところからも耳を離さないでもらえたらと思う。
公開から30年たっても世界中で愛される名作「ナイトメアー・ビフォア・クリスマス」。かつて見て「怖いなあ」と思った“元・子ども”たちも、今あらためて見れば、感じ方が変わってくるのでは。そしてこれから初めて見る方には、1993年にもうこれほどの精度の、深くて怖いハロウィン~クリスマス映画が存在していたという事実が心に刻まれることだろう。この映画を見てから接するハロウィンは、きっと、いつもより、さらに多層的に感じられるに違いない。
「ナイトメアー・ビフォア・クリスマス」はディズニープラスで配信中。
◆文=原田和典
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