“ザ・ボス”ことブルース・スプリングスティーン&Eストリート・バンドが2023~24年にかけて行ったワールドツアーの舞台裏にスポットを当てたドキュメンタリー作品「ブルース・スプリングスティーン&Eストリート・バンド:Road Diary」が、10月25日に配信された。1973年に発売されたデビューアルバム『アズベリー・パークからの挨拶』から51年、全世界で2000万枚以上を売り上げたというメガヒット作品『ボーン・イン・ザ・U.S.A.』からは40年。吟遊詩人の心を持ったロックンローラーは今なお第一線に立ち、老若男女のファンを熱狂させている。そこで今回は、音楽をはじめ幅広いエンタメに精通するフリージャーナリスト・原田和典氏が今作を視聴し、独自の視点でのレビューを送る。(以下、ネタバレを含みます)
スプリングスティーンが約6年ぶりに開催したワールドツアーの舞台裏に密着した「ブルース・スプリングスティーン&Eストリート・バンド:Road Diary」は、セットリストの決定から始まり、ホーンセクションやバックコーラスの人たちとの顔合わせ、比較的小さめな会場でのリハーサル、本番が行われる会場での当日さながらのランスルー(各メンバーの曲中のアクションなども含めて確認)を経て、アリーナやスタジアムを埋め尽くすファンを前にしての本番パフォーマンスに至るまでの流れが、実に鮮やかに、分かりやすく照らし出される。
それと同時に、スプリングスティーンの駆け出しの頃、小会場で一夜限りのライブを行っていた時期のことなどの音楽的キャリアについても触れられており、Eストリート・バンドの歴史(途中、10年ほど“店じまい”しているのだが)、メンバーとの強いつながり、亡き音楽仲間への思いなどが描かれていく。「ブルース・スプリングスティーンという名前はどこかで聞いたことがあるけど…」ほどのイメージしか持っていない人でも、これを見終わればスプリングスティーンについての知識を、マニアックにはならない程度につかめるのではないか。実に気の利いた編集が施されている印象を抱いた。
そしてこの映画では、今のスプリングスティーンがいかに充実し、燃えているかが鮮やかに映し出されていく。彼にとっては片腕以上の存在であろうEストリート・バンドの音楽監督、スティーヴ・ヴァン・ザントの発言の中にも、ミュージシャンの“加齢”について触れているところがある。もちろんスプリングスティーンは感性も肉体も磨き上げてライブに臨んでいるわけだが、実際のところ彼はこの9月に75歳になっている。生き生きとした身のこなしで熱唱し、パワフルにギターを弾きまくっていても、にじみ出てやまないのは年輪であり、豊富な経験だ。さっそうとした感覚を失うことなく、そこに大ベテランならではの深みが加わっているのだから、これはある意味、最強の境地ではないか。
スプリングスティーンやEストリート・バンドのメンバーは言うまでもなく、ホーン・セクションやバック・コーラスの面々にもしっかりインタビューが行われ、さらにギターテック(ギターのメンテナンスをするスタッフ)や、ファンの談話も挿入されている。誰もが音楽を愛し、ミュージシャンとして、あるいはオーディエンスとして、最高のライブ空間を作り出したいと願っている。そうした気持ちがひしひしと伝わるのも、この「ブルース・スプリングスティーン&Eストリート・バンド:Road Diary」のうれしいところだ。特にスペイン・バルセロナ公演での白熱ぶりときたら、圧巻と言うしかない。
音楽に関して言えば、1曲まるごと紹介される楽曲はないので、「もっとたっぷり聴きたい」と思ったら、各自で音源を入手するか、時差や円安やチケット争奪戦を乗り越えて海外のライブの現場に足を運ぶしかない。スプリングスティーンは1985年、1988年、1997年に来日しているが、フルバンド編成によるフル尺の公演は最初の時のみ。もう40年近く前の話、当時現場にいた人は若くても還暦前後だろう。この「ブルース・スプリングスティーン&Eストリート・バンド:Road Diary」は日本の古参ファンの渇望を癒やすとともに、今も増え続けているはずの新規ファンに「歩み続けること、道を貫くこと」の尊さを強く知らしめてくれるに違いない。
「ブルース・スプリングスティーン&Eストリート・バンド:Road Diary」は、ディズニープラスのスターで独占配信中。
◆文=原田和典
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