「ビートルズ ‘64」は、彼らの“歴史”が作成されて間もないころのあれこれを、実に丹念に、多角的に描き出す。初訪米時、ニューヨークの「プラザ・ホテル」に投宿し、電話取材などを受ける4人の姿。人目をかいくぐってクラブ「ペパーミント・ラウンジ」でダンスをする姿、ラジオで頻繁にかかる自分たちの曲に喜ぶ姿、移動中の列車でジョークを飛ばす姿、どれもが非常に生き生きしており、「初めての地で歓待を受けて喜びいっぱい」な様子が、鮮明な画像と音質によって、こちらに伝わってくる。
むろん、時折挿入されるライブシーンの歌や演奏も非常に卓越している。このシンプルな楽器セッティングで、モニタースピーカーすらない状態で、ここまでガッチリ歌ってハモって演奏できるのは文句なしのすごさだ。特にリンゴ・スターのドラムが放つドライヴ感は絶品というしかない。
“近年の”ポール・マッカートニーやリンゴ・スター、“後年の”ジョン・レノンやジョージ・ハリスンが、実に感慨深く1964年周辺を振り返る映像が挿入されているのも興味深い。64年はまた、アラバマ黒人教会爆破事件やケネディ大統領暗殺の翌年にもあたる。異なる肌の色の持ち主に対する憎悪も、「暴力に勝るのは暴力のみ」的な風潮も強かったはずだ。そこに、そよ風のように現れた“ボーイズ”がザ・ビートルズだった。
腰を振ってセクシャルな歌を歌うわけでもなく、圧たっぷりのマチズモ(男性優位主義)で迫るわけでもない。スーツを着て「君の手を握りたい」「僕から君へ」「愛する気持ちを全部、君に贈るよ」といった意味合いの曲をハモリつつ歌いかけて、1曲ごとにしっかりお辞儀をして、ジョークを交えながらインタビューに応え、笑顔でファンに手を振る。そして、しっかりアメリカ黒人音楽への敬意を表明する。当ドキュメンタリーに、ザ・ビートルズが楽曲をカバーしたスモーキー・ロビンソン(ザ・ミラクルズ)やロナルド・アイズリー(ジ・アイズリー・ブラザーズ)など、ブラックミュージック界の偉人たちへの取材が挿入されているところに、私はスタッフの慧眼を感じてやまない。
なお、ディズニープラスではすでに「ザ・ビートルズ:Get Back」「ザ・ビートルズ:Let It Be」が配信されている。グループの“白鳥の歌”というべき前述2作品と、本作に横たわるザ・ビートルズの歳月は約5年間。その間に人間関係が、音楽性が、こんなに変わるとは。まとめて鑑賞すれば、言葉を探しあぐねるほどの壮大な感慨が沸き起こるに違いない。
◆文=原田和典
この記事の関連情報はこちら(WEBサイト ザテレビジョン)