深夜で築いてきた“テレ東でしかできない作品”への矜持【テレビの開拓者たち・浅野太】

2018/08/31 18:45 配信

芸能一般

テレビ東京の深夜ドラマ枠「ドラマ24」のチーフプロデューサーとして、数々の話題作を送り出している浅野太氏。現在は吉沢亮主演のミステリ作品「GIVER 復讐の贈与者」が放送されているほか、続く10月クールには高畑充希主演の「忘却のサチコ」が控えている。「金曜8時のドラマ」など「ドラマ24」以外の作品のプロデュースも務める浅野氏だが、ドラマ作りの原点になっているものは何か。これまでに手掛けた作品も振り返りつつ、お話を伺った。

福田雄一監督のおかげで、常識にとらわれない発想の幅が広がりました


あさの・ふとし=1974年4月23日生まれ、福井県出身撮影=石塚雅人


──浅野さんはテレビ東京に入社された当初から、ドラマの制作を志望されていたのでしょうか?

「そうですね。元々ドラマは好きでした。僕は福井県出身で、大学は北海道に行ったんですが、それも実は『北の国から』(1981~2002年フジテレビ系)の影響が大きかったんです(笑)。

テレビ東京に入って最初に配属されたのは人事部で、3年後に制作局に異動しました。初めはバラエティーのADとして、情報番組や歌番組、花火の中継と一通りやりましたね。ドラマ制作部に異動になったのは、『ドラマ24』の2作目の『2ndハウス』(2006年テレビ東京系)からです。当時のテレビ東京はドラマの枠がほとんどなくて、『ドラマ24』にしてもいつまで持ちこたえるかなという不安はありましたけど」

──その後、『ドラマ24』の「死化粧師 エンバーマー 間宮心十郎」(2007年テレビ東京系)で初プロデュースを手掛けられました。

「これは“和田正人くんの主演ドラマを作りたい”というのが企画の出発点で、和田くんの魅力を活かせるような原作を探すところから始まりました。彼はD-BOYSの中でもムードメーカーで、二枚目というよりはコミカルなキャラだったんです。だったら、真逆のシリアスなものの方が面白いんじゃないかなっていうのはありましたね」

──「勇者ヨシヒコ」シリーズ(2011年ほかテレビ東京系)は、3シリーズにわたる人気作になりました。

「『ヨシヒコ』は、脚本・監督の福田雄一さんが以前から温めていた企画で、僕らは福田さんのやりたいことをいかにダメと言わずに実現させるかが仕事でした。とにかくいろんなパロディーが出てくるので、国民的RPGの会社をはじめ(笑)、ひたすらネタ元に許可取りをしました。『3年B組金八先生』(1979年ほかTBS系)なんて、僕にとっては『北の国から』と並んで大好きな名作ですよ。そのパロディーをやるにあたって、脚本家の小山内美江子先生に連絡させていただいて。それまでお会いしたこともなくて、いつか仕事をご一緒したいなと思っていた憧れの方と、こんな形でお話しすることになるとは思いませんでした(笑)。概要をお伝えしたら、『面白いじゃないですか』なんて言っていただけて、とてもうれしかったです。

そのときに信条にしていたのは、福田さんのアイデアに対して『これはできないですよ』と言うのは簡単だけど、それを言ったら負けだと。常識にとらわれない発想の幅が広がったという意味では、福田さんからはいい刺激を受けましたね」