「たくさんの人を笑わせる“何か”が欲しい」山城皆人<演芸集団FECリレー連載>

2018/10/24 15:20 配信

芸能一般

1996年10月30日生まれ、沖縄県出身。「クーターシンカ」の一人。若手芸人を中心に結成された音楽ユニット「ハイアップロー」のメンバーとしても活躍


今年で25周年を迎える沖縄の芸能プロダクション「FECオフィス」。1993年に「演芸集団フリーエンジョイカンパニー」を旗揚げ。その後、2001年に山城智二を代表とした会社組織となり、現在は芸人50名が在籍、舞台、テレビ、ラジオ、イベントで活躍する。今回は所属芸人4人にインタビューを行い、毎週水曜にリレー形式で掲載。

4回目は、コンビ・クーターシンカの山城皆人(以下、皆人)。FEC現社長・山城智二のおいであり、高校生のときに「O-1グランプリ」で優勝するなどFEC期待の若手筆頭株である。お笑いを目指したきっかけ、これからの目標などについて聞いた。

興味のなかった“お笑い”を志したきっかけとは


皆人はFEC初代社長・山城達樹の息子として1996年に生まれた。物心ついた頃からすでに身近にあった「お笑い」。だが、最初はそこまで興味もなかったという。

―――「お笑い」に興味を持ったきっかけはなんですか?

テレビが好きで、小学生高学年~中学生の頃に流行った「爆笑レッドカーペット」(フジテレビ)、「エンタの神様」(日本テレビ)などのネタ番組をきっかけにお笑いに興味を持った。中学一年生のときに、当時のFECで素人が出場できる「Fライブ」に、お笑いが好きな同級生とネタを作って出場、それがきっかけでFECに所属し、高校生になって本格的にFECの舞台に立つようになった。

―――そこからFECに本格的に関わっていくわけですね

定期公演の「お笑い劇場」などに出場して、先輩芸人らと絡むようになって、沖縄のお笑いの面白さが分かって、社長のすごさが分かった。“ただのおじさん”だと思っていたけど(笑)、実はすごいことをずっとやってきていたんだなと実感した。

少しちゃかしながらもその目には社長や先輩芸人たちへの信頼で溢れていた。