追悼 『モリのいる場所』に見る 樹木希林のいた場所<ザテレビジョン シネマ部>

2019/03/29 11:50 配信

映画

「モリのいる場所」(c)2017 「モリのいる場所」製作委員会


「人生は最後まで使い切る」。自らのその言葉通りに、最後の最後まで撮影現場に立ち続け、"俳優の職分"を全うした樹木希林さん。年齢を重ねるほどに、「希林さん以外にはできない役柄」で観る者すべての心を捉えて離さなかったが、もし映画の代表作を挙げるとするなら、数ある中、2018年に公開された沖田修一監督の『モリのいる場所』も絶対に入ると思う。

タイトルの"モリ"とは、97歳で大往生、大正から昭和にかけて活躍した伝説の画家・熊谷守一(1880~1977年)のことで、このモリカズさん、晩年は外出せずに、築40年を超す木造家屋と、隣接する庭をもっぱらの生活圏とした。風貌も含めて、さながら仙人のごとし。超俗の人とも評されたのだが、本作はそんな「わが道を行く」モリカズさんの"ある夏の一日"を描いている。時代設定は94歳の頃、昭和49年(1974年)。主要舞台はまさしく家と庭だ。昼はさまざまな訪問客で茶の間がにぎわい、画室で筆を取るのは決まって夜。小宇宙のように豊かな庭の自然、草木や石ころ、生き物などをじーっと観察するのも大好きで、「アリは左の2番目の足から歩きだす」なんて発見もする。

「モリのいる場所」(c)2017 「モリのいる場所」製作委員会


以前から熊谷守一のことを敬愛し、「僕のアイドル」と呼んでいた山﨑努さんが"モリ"に扮し、希林さんは18歳年下の妻、結婚生活52年目の秀子を演じている。こうして日本映画界の至宝の初共演が実現したわけだが、希林さんは沖田監督からオファーが届くやいなや、「とても味わい深い生き方をした、あの熊谷守一に挑まれる山﨑努さんのそばにいられるのなら!」と、脚本も読まずに出演を決めたという。

希代の名優の体を通して、長年連れ添ってきた2人の人生がにじむ。これが素晴らしくキュート。特に希林さん。一緒に完成試写を観終えて山﨑さんから、「かあちゃん、かわいかったよ~」と声を掛けられたほど。そうなのだ。この秀子役の希林さんは、本当に"かわいい"のである。さらに山﨑さんは、希林さんならではのアドリブも褒めていて、たとえば庭にできた深い穴の中にいるモリカズさんに、さりげなく庭の花を摘んで投げるシーンを絶賛していた。夜、碁を打ちながら「うちの子たちは早く死んじゃって」とつぶやくのも希林さんのアドリブ。実は5人の子宝に恵まれたが、赤貧から3人の子を失っているのだ。その一言で、のほほんと人生を送ってきた夫婦ではないことを示したのであった。

「モリのいる場所」(c)2017 「モリのいる場所」製作委員会


私事になるが、樹木希林さんには取材で4度、お会いする機会を得た。最初は『東京タワー ~オカンとボクと、時々、オトン~』('07)の公開前。次はドキュメンタリー映画『神宮希林 わたしの神様』('14)で、ご自宅にお邪魔した。そしてこの『モリのいる場所』と、亡くなられる4カ月前、『万引き家族』('18)にて。一つ一つがとても思い出深い。『モリのいる場所』は劇場パンフレット用のインタビューを行ったのだが、あれは2017年11月、場所は渋谷のセルリアンタワー東急ホテルの最上階のBARだった。お話を伺っていると、いつしか雨が上がり、希林さんは大きな窓ガラスに映ったまばゆい夜景を指して、こう言った。

「後ろを見てみて! あの街の、一軒一軒の明かりの中に、物語があるのよね」

人生を慈しむ希林さんの"優しい視線"──それは、『モリのいる場所』という映画にも確かに、隅々にまで注がれている。「代表作」に挙げるゆえんである。

文=轟夕起夫


 


ライター。「キネマ旬報」「映画秘宝」「クイック・ジャパン」「ケトル」「DVD&動画配信でーた」などで執筆中。

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