ナチスのユダヤ人狩りとカルト集団の狂気。この2つの惨事によって、ポランスキーが癒やしようのない心の傷を負ったことは想像に難くない。それは彼が手掛けてきた作品群の"作家性"としても色濃く表れている。ポランスキーが撮るスリラー映画の主人公たちは、常に孤立無援であり、逃げ場のない閉塞空間に押し込められ、心身共に極限の疲弊を強いられていく。今回『ロマン・ポランスキー 初めての告白』の放送に合わせてOAされる『ローズマリーの赤ちゃん』で、ミア・ファロー扮する妊婦の運命がまさにそう。異国での孤独、人間不信、現実認識やアイデンティティの崩壊といった、いかにもポランスキー的な主題が満載された異常心理劇『テナント 恐怖を借りた男』('76)では、彼自身が破滅的な主人公を演じている。
これらのスリラーに渦巻く"真綿で首を絞める"ような迫真のサスペンス描写は、ポランスキーの実人生と濃密に結びついているのだ。エロティックな不条理コメディの怪作『ポランスキーの 欲望の館』('72)、ポランスキーが殺し屋役で強烈な印象を残す探偵ノワールの名作『チャイナタウン』と共に、ぜひ今回の特集で彼の特異な作風に触れてほしい。
また『ロマン・ポランスキー 初めての告白』は、彼がハリウッドを離れ、米捜査当局のお尋ね者となったひとつの重大な出来事、1977年の未成年の少女への淫行事件についても言及している。カメラの前で神妙に罪を認め、被害者に謝罪の手紙を送ったというポランスキーは、現在の妻エマニュエル・セニエとの間に2人の子どもをもうけ、安らぎと幸せを取り戻した。そして近作『告白小説、その結末』('17)で健在ぶりを示したポランスキーは、ただいま19世紀末のフランスで起こった有名な冤罪事件、ドレフュス事件を題材にした次回作を製作中だ。この夏にはマーゴット・ロビーがシャロン・テートを演じるクエンティン・タランティーノ監督の新作『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』('19)が全米公開され、またしてもポランスキーの悪夢のような悲劇がメディアをにぎわすこと必至だが、当の本人はそんなことなどお構いなしに、85歳の今もなお挑発的な創造意欲を保ち続けている。
純真な少年時代に恐怖映画を観過ぎて、人生を踏み外した映画ライター。世界中の謎めいた映画と日々格闘しながら、毎日新聞、映画.comなどで映画評を執筆している。
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