没後50年!「万引き家族」の 是枝裕和監督も愛する天才、成瀬巳喜男が描き続けた平凡な日常の中のきらめき<ザテレビジョンシネマ部 コラム>

2019/07/02 07:00 配信

映画

「歌行燈(1943)」(C)東宝


歌行燈」は、将来を期待されていたが破門となった元能楽師の喜多八(花柳章太郎)が、若気の至りで自殺に追いやってしまった男の娘を、罪滅ぼしで救済しようとする。娘は父親の死後、いろいろあって芸者になるのだが、何一つ芸がなく、あとはもう身を売るしかなくなっている。さあ、ドーするドーなる? 喜多八が娘に本格的な“舞”を伝授するのだ。朝もやが立ち込める林の中での、特訓シーンのすばらしさ!

また、「鶴八鶴次郎」は幼い頃から一緒に舞台に上がっていた新内節の男女コンビ、鶴次郎(長谷川一夫)と鶴八の笑わせ泣かせる芸人ストーリーで、どちらもヒロインは山田五十鈴(「芝居道」も。長谷川一夫と再共演)。全くこのジャンルだけでも完成度が高く、語りがいがあるのだけれども、しかし、成瀬映画のメイン・ストリームは戦後の作品群にこそある。

「めし」 (C)東宝


50年代に入ると成瀬監督は、庶民の哀歓を慈しんで描いた林芙美子の小説と出合い、彼女の原作で計6本の映画化を果たす。その第1弾は、いきなり未完の絶筆へと挑んだ「めし」。親の反対を押し切って結婚したものの、5年という月日を経て“倦怠期の危機”に陥った夫婦の話である。

舞台は大阪。子どもはおらず、しがないサラリーマンの夫は「腹減った、めし」ぐらいしか口を開かなくなって、砂をかむような毎日。おまけに、自由気ままなめいっ子が家に転がり込んできて居候し、夫は妙にうれしそう。堪忍袋の切れた妻はとうとう東京の実家へ。

成瀬監督は美男美女スターの代表格、上原謙原節子をとことん生活にまみれさせ、従来とはひと味違うチャームさを引き立ててみせる。巧みな場面転換と時間省略。ロケと見事なセットとの有機的融合。何げないが含蓄ある会話、繊細な心理描写が観る者を楽しい深読みへといざない、そして一見平凡な日常の端々に“人生のきらめき”が息づいていることをさりげなく教えてくれる。