どれだけ表面を取りつくろおうと、実際には何も変わっちゃいない。なかなかだませない自分の心をもだましてしまうのが本作の物語の始まり。美女になったと思い込んだレネーの一挙手一投足が、心持ち次第で日々の生活や対人関係が変わっていくことを垣間見させてくれる。何かしらのキッカケさえ得られたのなら「自分にもできるかも」と思えるはず。見知らぬ他人の視線や評価など気にするだけ時間の無駄。自信のなさから生じる不安や恐れは多くの機会を潰すだけ。大切にすべきは、人生をともに歩んでいきたいと思える人たちに自分の心を開示できるかどうか。今ある現状を見つめ直す最良の機会を得られるのと同時に、この映画を観終える頃には最高にポジティブな気持ちになっていると思います!
ムエタイでのし上がった英国人ボクサー、ビリー・ムーアの自伝を映画化。ビリーを演じるのは英国出身の若手俳優ジョー・コール。麻薬中毒の果てに“地獄”と呼ばれるタイのチェンマイ中央刑務所に収監されたビリーが、底辺からの再起を決意し、ムエタイに打ち込んでいく。
『アイ・フィール・プリティ!~』とは打って変わっての実話もの。囚人はまるで家畜のように扱われ、収監されているのはタトゥーだらけのいかつい連中ばかり。本物の刑務所で、元囚人を起用して撮影されたこととも相まって、刑務所内の光景がとてつもなく恐ろしい。そこは精神的にも肉体的にも看守へのコネ的にも強くなければ、蹂躙され、陵辱され、生きる希望すら断たれてしまう場所。僕たちが生きる現実はそこまでハードではないが、人生の中で抗うことのできない壁に直面すれば、誰だって心が簡単に折れてしまうだろう。『アイ・フィール・プリティ!~』のように、心根ひとつで前向きに変われるということは、本作のように悪い状態へ転落するリスクも秘めているということ。そう、ここからは実践編。中身の伴わぬポジティブさだけでは決して太刀打ちできない現実に挑む男の姿から得られるものがきっとある。
己を殺し、長い物に巻かれ、刑務所内で標的にされないようやり過ごし自分を誤魔化し続けるビリーだが、そんな生き方に希望は宿らない。追い詰められた果てに、彼は本当のドン底へと辿り着く。後はもうはい上がるしか道がない。ことごとく退路を断たれたことで、彼はようやく己自身と向き合い、自分だけの道を模索していく。必要なのは他力本願ではなく、己自身の強い意志。意志を貫くための精神的支柱になり得るのは、たゆまぬ努力や孤高の精神。ちっぽけなプライドや上辺の人間関係、他者を屈服させるためだけに鍛えた肉体やその身を滅ぼすドラッグなどでは、望んだ未来などつかめない。何かに依存して戦う物語序盤のビリーと、ドン底でも諦めずにもがくなかで培っていったものを武器に戦う終盤のビリー。対となる2つの試合において、ビリーの心持ちの変化を目の当たりにできるだろう。不器用で、ガムシャラで、ズタボロになりながらも己自身と向き合い道を切り拓いていくビリーの姿は、きっとあなたの心に火を灯す。
変わろうとする努力も大事だが、今ある自分を認める努力も大事。何をやっても上手くいかないのであれば、一度ドン底まで堕ちるのもひとつの手。現状に行き詰まっているすべての人にとてつもないエネルギーを与えてくれる力強い2作品。是非セットでご覧ください。
長野県出身。1986年生まれ。映画アドバイザーとして、映画サイトへの寄稿・ラジオ・web番組・イベントなどに多数出演。『GO』『ファイト・クラブ』『男はつらいよ』とウディ・アレン作品がバイブル。
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