観ていて、心に刻まれる場面は数多(あまた)あるが、ともに大森組に初参加、黒木華と希林さんとの共演シーンが中でもぜいたくに感じられるだろう。人生の局面で立ち止まりながら、典子は武田先生の待つ茶道教室へと通い、自分自身を見つめる。縁側に並んで座って静かに、感情をにじませるシークエンスがとりわけ白眉だと思う。武田先生は特別なことは何もせず、ただポンと典子の膝に手を置くだけ。だが、黒木華は撮影現場で心を動かされ、自然と涙が流れてしまったという。
さながら「スター・ウォーズ」シリーズのグランド・マスター、ヨーダのような師匠感あり! 本作には己を貫き、荒波を越え渡ってきた“樹木希林”という女優、いや、人間自体のたたずまいや生き方の美しさも同時にあふれている。そして最初にして最後の共演となってしまったものの、最高の役者から黒木華が、得難い何かを授けてもらったフィクション内ドキュメントにも見える。
劇中、典子に向かって「こんなふうに何でもないことを、来年もまた毎年同じことができるということが本当に幸せなんですねぇ」と語り掛ける武田先生。このセリフは沁みる。希林さんが言うからいっそう沁みる。まさしく映画の成功を証明した、“キャスティングの妙”をたんと味わっていただきたい。
ライター。『キネマ旬報』『クイック・ジャパン』『シネマトゥデイ』『シネマスクエア』『DVD&動画配信でーた』などで執筆。モデルとなった書籍『夫が脳で倒れたら』が発売中。
この記事の関連情報はこちら(WEBサイト ザテレビジョン)