――厳しくも優しい阿久津氏の独自の視点・感覚はどのように磨かれてきたのか。
阿久津「たとえば、この庭に咲いている満開の紫陽花(あじさい)を見て綺麗だなって思うでしょう。僕はね咲いてる花なんて見ない。無視するね。古い表現だけど、ガンガンゴリゴリガングリムシムシなんですよ。だって、花はあざといでしょう。『この時期しか咲かないから見てくださいね』と言わんばかりに咲いてるのを見てると、どうして見なきゃいけないんだって、どうして僕が予定合わせなきゃいけないんだよって、そう思わないですか? 押し付けがましいのが僕は嫌いなんですよ。花は咲く前が一番美しい。小説もエッセイもそうだけど、何を書こうかなって考えてる時が一番楽しくて好きだな。もちろん書店に並んだら嬉しいし、感謝しなくてはいけない。でもね、書店に並んでる時は、もうガンガンゴリゴリドギツイですよ」
――ベストセラーを生み出し続ける阿久津氏の仕事術とは。
阿久津「僕の家には書斎はないんですよ。机に座ったらいかにも『書きなさい』と言われているような感覚。それが妙に嫌でね。僕は『やれ』と言われるとやれない男。編集者から締め切りだと言われると書きたくなくなるんですよ。なんだか押し付けられているようでしょう。僕を信じなさいよ、やるから。やらないわけがないだろう。近頃の編集者は僕がやらないとでも思っているのかね。やれと言うからやらないになる流れっていうのはある」
――自由に見えて不自由、不自由に見えて自由。それが阿久津流だ。
阿久津「現代は、社会の秩序とかマナーとかルールが多すぎるよね。地球の歴史でいうと始まりに近い方が楽だったろう。アウストラロピテクスとか北京原人、クロマニョン人やナウマン象、彼らは一番楽だったでしょう。一番甘かった。現代に比べると秩序やマナーは1万分の1ほどの少なさでしょう。けどね、その時代にも人をたたいたり、面倒なルールなんてのもあったでしょうね。彼らに比べたら便利な人生送っているんですから、それくらい耐えなさいよ。それが時代ですよ。各々が警察になる時代が来た、そう思うね。個人警察の時代でしょう」
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