――「私がやらない限り〜性暴力を止める〜」制作・放送の動機をお聞かせください。
2019年3月に相次いだ性犯罪に関する裁判での無罪判決、特に、当時19歳だった実の娘に性的暴行を加えた父親に無罪を言い渡したというニュースに大変な憤りを覚えました。しかし、私も憤りを覚えるものの、それを何か主張するわけでもなく、いつものように番組制作を行う日々でした。
その後、この無罪判決に抗議する「フラワーデモ」が始まりました。私も、何か引き寄せられるように、あのデモの現場に、小さなカメラを持ち取材に向かいました。テレビ制作会社のディレクターという立場で、今すぐニュースなどですぐに放送できるような確約は、一つもありませんでした。
その時は、番組や作品にしようという気持ちよりも、この現場を記録しておかないといけないのでは、という思いでカメラを回しました。デモで語られていた、性被害を受けた人たちの悲しみや怒りの声、今まで苦しんできた人たちの声を実際に聞き、なかったことにしてはいけないと強く思いました。
フラワーデモの撮影をしていて驚いたのは、大学生やLGBTQ、男性など、年齢性別関係なく、被害を受けた痛みを語っていたことでした。性被害は、女性だけの問題ではないと学んだのもこの場所でした。
その撮影で、デモのスピーカーとして参加していた、性犯罪の刑法改正を訴える山本潤さんに出会いました。潤さんのスピーチを聞き、現在「同意のない性交」であったということだけでは、加害者を罪に問えないということを知りました。
刑法が変わることで何が起こるのか、なぜ、これまで、刑法は変わってこなかったのか、そんな疑問が起こり、潤さんに取材を申し込みました。それから1年以上、潤さんとフラワーデモの取材・撮影を行なっています。
――「フラワーデモ」の広がりについて、どのように取材を行われたのか、また、取材を通じて感じたことをお聞かせください。
フラワーデモが始まってから一年。47都道府県に広がったことは、とても大きなムーブメントが起きていると感じます。しかし一方で、こんなにも苦しんでいる人たちがいて、あらためて、日常の中で性暴力は起きているのだとも感じます。
撮影を続けていて、何度も悩んだのは、今、この瞬間、デモに参加し、被害について語っている人も、少し時間がたつと、テレビには出たくないと希望する人が出てくるだろうと予測されることでした。
実際、一度、取材を受けようと決意した人もSNSにその人を中傷するコメントが書き込まれ、「今回は、残念だけれども、身の危険を感じるので協力を控えたい」と断られた被害者もいます。「暴力に反対する」「自分のような被害者をこれ以上生み出したくない」と訴える人々の声が消されてしまう現実を目の当たりにしました。
今回、勇気を持って取材を受けてくれた人々とは、時間をかけて話し合いながら制作してきました。「自分の取材の方法は、本当にこれで良いのか」「被害を受けた人々のためになっているのだろうか」と悩みながら取材を進めていますが、取材を受ける人たちにいつも励まされ、なんとか撮影を続けてこられたというのが正直な感想です。
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