――1stミニアルバム『よふかしのうた』に引き続き、ライブDVDが付属したバージョンとお二人が曲と曲の間にトークを織り交ぜたラジオ形式のバージョンでリリースされますよね。
DJ松永:そもそも、『よふかしのうた』をリリースするときにレコード会社から初回限定盤を作りたいという話があったんです。ただ、オレらは完成した作品に何かを足すっていう気が全くなくて。豪華盤と通常盤みたくなるのが腑に落ちないというか、こっちはスペシャルなものを作ってるのにそれを通常と言われるのがちょっと、みたいな(笑)。
R-指定:確かにそうだった(笑)。
DJ松永:そういった話をしてる中で、ライブDVD盤を作るのは分かりました、と。ただ、豪華盤と廉価盤みたくしたくないから「もうひとつの方にも付加価値をつけさせてくれ」と言ったんです。で、そのときに考えたのが、もちろん音楽はそうだけど、ラジオもオレたちの大事な要素だから、そのラジオを(作品に)取り入れること。別の良さも生まれますからね。
――ラジオ盤というものがあることによって、間口も広がりますし、より音楽へ引き込むキッカケにもなると感じました。
DJ松永:あと、Rさんの歌詞って、何度でも噛みしめることができるというか。1回聴いただけじゃわからない仕掛けもあるし、ラジオ盤で曲の話をすることによって、新たな聴き方を提案することもできるんですよね。
R-指定:オレらならでは、みたいなのはあった方がいいし。(曲と曲の間の)話が関係あるにしろ、ないにしろ、曲の枕になってる気がしてて。やっぱ、今はひとつのCDで曲を聴くっていうこと自体、少なくなってきてるから、CDをもっと面白いもんとして楽しんでもらう為にもいいのかなと思ってますね。
――作品の中身についてもお聞きしますが、まずは軸になりそうだと制作中から感じたというタイトル曲「かつて天才だった俺たちへ」。Creepy Nutsはどことなく自分たちを卑下するようなアプローチもしますけど、この曲は自己肯定ソングですよね。こういうことも歌うようになってきたんだなと強く感じました。
R-指定:そうですね。確かに、去年このタイトルが思いついてたとしたら、こんなに風通りのいい曲にはなってなかったと思うし。今の状況でこういうワードが出てきたからこそ、ポジティブな曲になってるのはあります。
――そこは何が大きく異るのでしょうか?
R-指定:もともと、オレらは自分を卑下する性格やったし、それは今でも変わってないところもあるんですけど、やってきた活動に自信が持てたというか。日々、華々しいところで仕事をさせてもらって、松永さんもDMC(※DJの世界大会)で世界一になったり、オレもMCバトルで勝つっていうことも知ってるし。負けるっていうことを誰よりも身にしみてる少年時代や10代やったと思うんですけど、ちゃんと勝つことも経験した上で、より出てくるメッセージが変わってきたんかなと思いますね。
――この曲では可能性を狭めないことを歌っていますが、どういったところからの発想だったんでしょうか?
R-指定:これは帝京平成大学のタイアップの曲やったんですけど、大学というところで進路や自分の道っていうキーワードを思いついたんです。自分が歳を取るにつれて選択肢が狭まってるというか。苦手なもんができたり、身の丈をわきまえていくほど道は狭くなっていくけど、何も知らんかった赤ちゃんのときは無限の可能性があったわけで。いろんなことを閉ざして、挫折も味わって大人になったけど、もう1回、昔に閉ざした可能性や見てなかったところに目を向けてくというのはすごく豊かじゃないですか。またここから、ナンボでも変わっていけるやろうし。これは自分にも向けてるメッセージですね。
――多様性ということを考えると、以前に発表した「みんなちがって、みんないい」はポジティブな印象を受けるタイトルですけど、リリックやトラックはシニカルな仕上がりでした。でも、この「かつて天才だった俺たちへ」は前へ強く踏み出そうとしてて。これはCreepy Nutsの現状がそうさせたのかなと想像してました。
R-指定:日々の小さな躓きみたいなのは山ほどあると思うんですけど、そうは言いながらもちゃんと前へ進めてるっていうのがあるからなのかもしれないですね。それで開けてきてるっていう。
――可能性を狭めないというのはCreepy Nutsの活動にも共通してますよね。固定概念にとらわれることなく、幅広い活動をし、様々なものを吸収しているじゃないですか。そういったスタンスは最初は胸を張るのも難しかったのかなと。
R-指定:でも、それが難しかったのって、(Creepy Nutsを)組む前とかかな。
DJ松永:そうそう。「合法的トビ方ノススメ」を発表したあたり、「自分たちの思うようにやっていいんだな」と感じた記憶がありますね。
R-指定:ただ、いろんなことをやるには一番根っこにあるラップとDJが一番じゃなきゃいけない、というのがお互いにあって。そこに関しての自信がどこかにあるから、こういう風になってるというか。
DJ松永:まあ、昔は様子をうかがいながらとか、後ろ指を指されないようにと思ってたかもしれないですけど。10代のころなんか、クラブで90'sのヒップホップしかかけなかったし。ただ、Rさんと組む時点で、自分たちが信じれるものを作っていけばいいものができそうだなと感じてて。そこにちゃんと結果がついてきましたからね。
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