東日本大震災から5年余り。被災地企業や関連行政機関の支援に取り組んでいるJST(国立研究開発法人 科学技術振興機構)が5月29日、コラッセふくしま(福島県福島市)にて、第4回JST20周年記念シンポジウム「若者がつくる復興の未来図~科学技術は復興にいかに関わるべきか~」を開催した。
まず来賓のあいさつとして、文部科学省科学技術・学術政策局長の伊藤洋一氏が登壇。高校生に向けて「科学技術・情報通信技術の進歩によって、未来社会がどうなっているかを考えていただきたい。『未来』は“未だ来たらず”と書くが、未来が来ることを待つのではなく、未来を自ら想像=イメージし、創造=クリエイトすることが大切」と語った。
さらに福島県副知事・畠利行氏が登壇し、岩手県知事・達増拓也氏と宮城県知事・村井嘉浩氏がそれぞれビデオメッセージで登場。復興への道のりを歩む被災3県の現状などを伝え、あいさつに代えた。
続いて、'08年にノーベル物理学賞を受賞した益川敏英氏(名古屋大学素粒子宇宙起源研究機構長)の特別対談が行なわれた。テーマは「5年後、50年後、500年後の科学~あらためて復興を考える~」。小沢喜仁氏(福島大学理事・副学長)を聞き役に、益川氏は戦後の混乱期にあたる少年時代の思い出や、物理や数学に夢中になった大学生時代のエピソードなどを披露した。
中でも印象的だったのは、益川氏と本との出合い、そして憧れの人との出会い。益川氏は「小学校高学年の時、復旧したばかりの図書館を訪れた。初めて自分の意志で棚から本を抜き出した時には、期待感で手が震えた」と語り、以降、“本の虫”になったという。
当初、特に大学進学を目指して高校に入学してはいなかったものの、素粒子物理学の権威・坂田昌一氏(元名古屋大学教授)の存在を知って憧れを募らせ、同大学の受験を決意。進学後、良き友人や教授と出会い、のちのノーベル物理学賞受賞につながる研究の苦労も友人たちの支えで乗り越えられたことなどを明かした。
そして最後に、高校生に向けて「若者が成長する糧は“憧れ”と“ロマン”。憧れとロマンを持ったら、必ず挑戦すること。もしも自分に適していなければ、修正すればいい。そこで引き返すことは決して失敗ではない」とエールを送った。
次に、世界初のサイボーグ型ロボット「ロボットスーツHAL」の開発者として世界をリードしている山海嘉之氏(筑波大学システム情報系教授、サイバニクス研究センター長、CYBERDYNE株式会社 社長・CEO)が、「被災地支援を通して世界へ~世界初のイノベーションで社会変革・産業変革を牽引する~」と題した基調講演を行なった。
「ロボットスーツHAL」は、脳・神経系への運動学習を促すことによって、身体機能を改善・補助・拡張・再生するというもの。山海氏は、医療や福祉、介護の現場における成果や新たな取り組みを紹介し、次世代型ロボットの生産拠点を福島県郡山市に置くと発表した。※「ロボットスーツHAL」は、 CYBERDYNE株式会社の登録商標です
また、これまで数々の難問をクリアしてきた山海氏だが、そのカギは“バックキャスト思考”にあるようだ。山海氏いわく「理想の未来を想像し、そこから現在の自分を眺めると、いくつかの課題が見えてくる。それを一つずつ解決していけば、理想の未来に到達できるはず」と解説。そのためには専門分野にこだわらず、専門外のことも積極的に学ぶ姿勢が不可欠だという。
締めくくりに「高校生の皆さんには、人や社会のために何を成すべきかを自ら発想し、行動し、けん引できる人になってほしい」「人間観や倫理観や社会観を大切にした上で学び、人や社会のことを心から思って活躍してほしい」と若者たちへの願いを述べた。
続いて、岡田努氏(福島大学総合教育研究センター教授)と加藤怜氏(福島大学附属小学校教諭)がモデレータを務める中、被災3県の高校生5人が「私たちがえがく復興後の未来」をテーマにスピーチを展開。福島県立ふたば未来学園高等学校の日下雄太さん(2年)は、劇作家・演出家の平田オリザ氏の指導の下、被災地をテーマに演劇を創作し、海外公演も行なったことを報告した。そのほか、彼らが復興に向けて取り組んできたことは、海外で自身の経験や想いを語る活動、風評被害の調査と対策、放射性物質を吸着するキトサン修飾ゼオライトの研究、スポーツを介した地域活性化による被災者の心のケア、被災地への再生可能エネルギーの導入など。
「震災で学んだ譲り合い・助け合いの精神を根付かせたい」(宮城県古川黎明高等学校3年・須田佳小里さん)、「原発事故を過去のものにすることが、復興のゴール」(日下さん)、「解決するべき問題が山積していても、前に進もうとする姿勢が復興につながるはず」(福島県立安積黎明高等学校2年・渡邊侑己さん)、「国内外において、福島の農の信頼を回復していきたい」(福島県立福島高等学校3年・安斎彩季さん)、「未来への復興のために最も必要なのは、科学と人間との連携を強めること」(岩手県立盛岡第三高等学校3年・玉木穂香さん)など、初々しくも頼もしい語り口で抱負や思いを述べた。
その後休憩を挟み、パネルディスカッションでは以下の5名のパネリストが登壇し、復興に向けた取り組みの状況を伝えた。
■パネリスト(五十音順):浅尾芳宣氏(株式会社福島ガイナックス代表取締役)、齋藤実氏(南相馬サイエンスラボ代表)、野ヶ山康弘氏(京都教育大学附属京都小中学校教諭)、箱崎慶伍氏(明治大学大学院理工学研究科建築学専攻2年)、平舘理恵子氏(一般社団法人KAI OTSUCHI 理事長)/モデレータ:小澤喜仁氏(福島大学理事・副学長)
アニメ制作を通じて被災地の現状を伝えている浅尾氏は、「被災地に興味を持って足を運んでもらい、知ってもらうことが重要」と語り、家族で楽しめるイベント『マジカル福島2016』の開催を告知した。ことし11月、郡山を始め福島県内各所で、映画上映会やコスプレ撮影会などを展開する予定。
「過疎化や人口流出、雇用の場の減少など、震災によって拍車がかかった問題もICTで解決していきたい」と語ったのは平舘氏。岩手県大槌町でICT(情報通信技術)関連事業を行なっている平舘氏は、パソコン未経験者に専門教育を施して雇用し、町民にも技術指導をしている。そしてことし4月、大槌町の公式サイトをリニューアル。公式サイト内にブログや写真を投稿できる“応援団サイト”設け、他地域の支援者と住民の情報交換を促している。
5人のパネリストは、「パネリスト各自が専門分野で取り組んでいるが、それらを一体化して、復興を目指した活動ができれば」(齋藤氏)、「地震や津波は福島の問題として取り上げられているが、日本全国や世界に広がる普遍的な問題」(箱崎氏)、「被災地から離れた地にいる子供たちにも、被災地の現状や放射線について正しく理解してもらいたい」(野ヶ山氏)などの意見を交換。これらを受けてモデレータの小沢氏は「福島の復興が一つの試金石として問われている。復興の未来像においては、若者の活躍が一番大事。科学が信頼されるためのプロセスを確実に踏み、若者が夢を持てるような社会を作っていくことが求められている」と締めくくった。
当日の参加者は被災3県の高校生や市民ら約300人。本シンポジウムの模様はニコニコ生放送で生中継され、約2万7500人がリアルタイムで視聴した。JST理事長の浜口道成氏が本シンポジウムの冒頭で、「例え1人でも高校生が『頑張ろう!』という気になってくれたら、今回のシンポジウムは成功」と語っていたが、間違いなく成功を収めたといえるだろう(※浜口道成氏の「浜」は、正しくは異体字)。