イラン人女性初の金メダリスト、栄光の軌跡

2016/11/17 23:24 配信

芸能一般

ザーラ・ネマティ

ーチェリー選手、ザーラ・ネマティ(イラン・31歳)は、2012年ロンドン大会で金メダルを獲得。それは、オリンピック&パラリンピックを通じイラン人女性初となる栄冠だった。

イラン・ケルマーン生まれ。幼い頃からやんちゃだったという少女は、スポーツが大好き。特に小学生から始めたテコンドーでは黒帯を取得するまでになっていた。しかし、18歳の時、彼女を悲劇が襲う。交通事故により脊髄損傷。下半身の自由を失ってしまった。

「テコンドーの選手にとって両足の自由を失うことは、ピアニストが両手を失うのと同じでした」とネマティ。それでも母の勧めでアーチェリーを始めると瞬く間に頭角を現し、半年後には健常者も含めたアーチェリーのイラン代表に選出されるまでになった。

ネマティはこう言い切る。「私はあの体験(交通事故による脊髄損傷)を“チャンス”と名付けました。あの時、命を失っても不思議ではなかった。生きるチャンスを頂いたのです。だから生きようと」。ネマティは、2012年ロンドンパラリンピックでオリンピック・パラリンピックを通じてイラン人女性として史上初となる金メダルを獲得した。

これを機に、イランにおいて、女性の活躍や障がい者の社会復帰のシンボルとなったネマティ。2016年はなんと、リオデジャネイロオリンピック、パラリンピック両方への出場を果たし、オリンピック開会式ではイラン代表選手団の旗手も努めた。

「目標や求めているものは心の底から望めば叶うのです。大事なのは、あなた自身がそれを信じることなのです」と語っていたが、8月のリオオリンピックでは満足できる結果を残せなかった。9月のリオパラリンピックでは、連覇へのプレッシャーや、肩の痛み、そして自らが「金メダル以上に大切なこと」と話した“ある大きな目標”など、あまりに多くのものを背負っていた。

「WHO I AM」では、ネマティの壮絶な人生と輝かしいキャリア、そしてリオパラリンピックまでの全軌跡と、力強い言葉に裏付けされるネマティの生き様をお届けする。