落合るみ(おちあいるみ)

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詰め込みすぎな一日②
(確かにもう会うことはないのかもしれない)と思いながら、施設の出口まで見送ってくれた叔父に手を振って別れました。この後…
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詰め込みすぎな1日①
2週間ほど前、日帰りで大阪に行ってきました。「生きてるのか死んでるのかもわからない。40年以上会ってない」と、このとこ…
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2025/11/09
少し時間が経ってしまったのですが、元劇団昴の先輩、岡村恭子さんと飲んできました。写真は、イタリアンからの2軒目で、クラ…
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2025/10/14
一旦落ち着いたと思っていた状況がさらに混迷の様相を呈してきています。ブログもこんなに空いたの初めてかも・・。考える事が…
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眠れぬ夜(朝)にもの思う
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仕事でもプライベートでも、ラストミニットにならないと動き出せない系の人が一人でも身近にいると年末とか年度末が地獄になる。
— ochimusha1358 (@ochimusha1358) 2025年12月27日
自分はちゃんと逆算してやっててもその人の尻拭いで全部駆逐されて、自分のことまで間に合わなくなるの、腑に落ちない。
めっちゃわかる。めっちゃわかるよ・・。
わかりみが深すぎて人のポストを引用。
本人もそのせいで普段から諸事回ってないのに、直そうとはしないんですよね。
というか、直せないんだろうなあ・・そして人の信頼を失ったり、迷惑をかけ続けるんだろうなあ・・
ある人が言葉を選びながらも言ってくれた「三つ子の魂百まで。人は変わらない」という言葉。
よく使われる言葉ではありますが、今ガツンと腹落ち。業、みたいなものなんですかね?
(ちなみにこの方「忙しくて、は子供の言い訳」とも。爽快。)
演劇作品の最後では、登場人物は、人生観やら精神のあり方などが変わる事が多く
(そのためにも劇中に起きる諸々は.それだけの理由あるし、登場人物に与えるエネルギーも大きい)
個人的にも「人は変わる」と思ってはいるのですが。
こういう業?性質?みたいな部分に関しては人は変わらないかも。
そういうものを描いた「オセロー」とか「橋からの眺め」みたいな作品もありますね。
理詰めで指摘したりお願いするのは、時間と感情の無駄遣いなのだな、とやっと理解した気がします。
「そういう人は、もうこの先変わらないことを決定事項として、関係を断つのもありなのでは?」と提案をされました。
確かに、
経済などデメリットはあっても、心穏やかでいられる方が大事かも。
諸条件を加味して却下していたけど、思い切って方針転換、必要かも。
そういえば私にも治らなくて困ってる業はあります。
うっかりもので、勘違いや忘れ物が甚だ多し!
AirTag導入や、大事なものはまとめて身につけたりなど、色々策を講じてはいますが、
イレギュラーな環境や受け身な状態で、たくさんのものを受け取ったり、要件を次々に課される時が特に危険。
相手を待たせてはいけない、と急いでる時も危険。
この1年は人の大事なものを預かったり受け取ったりする機会が多くて、何かやらかすのではないかと常にナーバスでした。
(そして実際、忘れ物こそなかったけれど勘違いは1件やらかしている)
業に関しては、この数年で他にも気づいた事が。
人のお金と自分のお金の境界がゆるゆるな人もいる・・これは1番やばいやつかも。
リミットの前に余裕をもって事を済ませ、滅多に忘れものをせず、お金に綺麗な、私がお付き合いしてもらってる人たち!
信頼と感謝を新たにする年の瀬です。
(確かにもう会うことはないのかもしれない)
と思いながら、施設の出口まで見送ってくれた叔父に手を振って別れました。
この後、もし間に合えば、ということで新大久保の韓国料理屋さんでの飲みの約束を入れておりました。5人の予定だったので、最悪私がいなくても問題なし。
予想以上に体も気持ちも疲れていて、もはやたどり着ける気がしなかったのですが、
その中の一人から事前にお土産のリクエストをもらっていたものがありました。
早い時間でないと売り切れてしまっているという某お店のおこわ。
崎陽軒のように店舗を出しているのかと思いきや、お土産物屋さんの中にコーナーで置いてあるそう。
妙に責任を感じてしまい、私が行くまで鍋の注文を待ってくれると言われていたので、さすがにこの時間の新幹線には乗らないと、というタイムリミットを過ぎたとしてもとりあえず新大久保には向かおうと人数分ゲットしました。思いのほか大きく、かつ、おこわなのでずっしり!!
ダッシュで5分前にチケットを買い、新幹線に乗り込みました。(もはや新幹線ではなく、都内JRの感覚。)
15分遅れくらいではお店にたどり着けるはず。2時間気持ちを落ち着けよう・・と席に向かうと
うそーん・・私の席にコートだのバッグだの.仕事道具らしきものがお店を広げられている・・
巷では,こういう時は外国人の方が多くてその後めちゃくちゃ面倒なことになる話を聞きますが、
この時は日本人の若い女性で、めちゃくちゃ渋々な感じで荷物を回収してくれました。
自分がチケット取った時は隣は空いてたかもしれないけどさ・・
夕方の新幹線なんて後から乗ってくる可能性高いんだからお店広げるの早いよ・・💦
私たちの席だけではなく、新大阪からは周りの席は全部埋まってました。
まあそれでも隣席が女性というのはありがたく、品川→新大久保まで粛々と辿り着きました。
叔父との再会には少なからず心乱されていたので、あとに全く違う予定を入れていたのは正解。
おこわのお土産も喜んでもらえ、初対面の人もいましたが、こよなく美味しい韓国料理と大量のマッコリをたらふく頂きました。
疲れていたはずなのですが、二軒目も楽しみ、夜も更けタクシーで帰ろうとする私に、「泊まっていく?」と誘ってくれた先輩。サクッと乗っかりお邪魔することになりました。
ところが!
ワインやらつまみを買い込みお宅に到着したところで、さっきまで飲んでいた一人からスマホをなくしたと先輩に連絡が!
そこからの流れが素晴らしかった!
先輩が彼女のスマホに電話すると、新大久保でそれをピックアップしてくれた人が即出てくれました!こんな事なかなかない!!
「今からすぐ向かえるので、待っていてもらえませんか!」と先輩が叫び、二人で即家を出てタクシーを拾いました。
そして新大久保駅前で、なんとタクシー車中から降りることもなく、その方に車中から「ありがとうございます!!」とタクシーの窓からスマホ回収完了!!
そして、スマホ持ち主の家までそのタクシーで向かい、返却、となったのでした・・。(ちなみにそのスマホを拾ってくれた方は宮沢氷魚さんのようなイケメンさんでした)
その時点で3時頃で、さすがに先輩の家まで戻るのも大変なので始発までその子の家にいることに。
早起きしてたので私は珍しく強烈な眠気に襲われておりました・・。
そして無事電車に乗った後、先輩から「るみちゃん、家に鍵忘れてる!」とLINEが。
あんなに短時間しかお宅にいなかったのになぜ鍵を出して、その上忘れてくるんだ、バカバカバカ!
ただ、スマホ紛失事件がなければ、私たちはあのままワインとつまみで朝まで盛り上がっていたはず。
それが未遂に終わったのに、翌日は体調不良と二日酔いでぐったりだったので、
濃すぎる一日ではありましたが、結果オーライかなと思っております・・
でも濃すぎたよ・・
2週間ほど前、日帰りで大阪に行ってきました。
「生きてるのか死んでるのかもわからない。40年以上会ってない」と、このところ母が入院先でもずっと泣いて会いたがっていた、すぐ上のお兄さん。
年を重ねた今、一番楽しかった頃に一番仲良くしていたという兄と音信不通なのは確かに悲しかろうなあと、
親族に連絡して、何度かけても出ないという携帯の番号を教えてもらいました。
言われた通り全く繋がらなかったのですが、呼び出し音が鳴るということはこの番号は生きている。
執念で、ひたすら時間帯などを変えつつかけていたら、とうとうある日繋がったのです!
80歳のおじさんは、耳も遠いし喋りもはっきりしないので至難の業でしたが、なんとか今入所しているという施設の名前を聞き出しました。
母が大阪まで行くのはどう考えても無理なので、私が足を運び、叔父さんから母に話しかけてもらう動画を撮影することにしたのですが、
この日は詰め込みすぎな1日となったのでした・・。
まず、早起きして乗った品川駅に向かうバスが異常な遅れで、到着したのは発車2分前!
これ、他のホームに電車で到着したんじゃなく、品川駅外の階段下の道路への到着ですからね。
もう無理かと思いましたが、朝のラッシュの中、階段を駆け上がり構内をひた走り、私が飛び乗った瞬間に背後でドアがしまったのでした。
綺麗な格好して行こうかとも思ってたのですが、ヒールのある靴だったら絶対間に合ってませんでした。スニーカー様様。
新大阪から最寄駅まではスムーズに行けたものの、叔父の施設は移転していて、ネットに載っていて事前にGoogleマップで下調べしておいた住所は以前のものでした。
施設に電話して正しい所在地を教えてもらったものの、
ただでさえ地図の読めない私は大迷いし、この日の大阪は季節外れの暖かさだったこともあり、汗だくで到着となりました。(心配して建物の前に出て私を見つけてくれた2人の女性職員さんありがとう!)
施設長さんやケアマネさんから、叔父についてのまあまあ長く、なかなか衝撃の話を聞かされてから叔父の部屋へ。
一度電話がつながってからは何度も私にかけてきていた叔父さんですが、45年ぶりくらいとなると全く面影がなかったようで今の私にはあんまりピンときてない感じでした(笑)。
現役時代は某大手企業に勤め、イラクはじめ海外でずっと仕事をしていたという叔父さん。
その後はなかなかドラマチックな事になっていましたが、ご本人はいたっておっとり、そしてサッパリした感じで、私より昔の記憶のある8歳上のいとこが「ニコニコしてて器が大きかった」というのがしのばれる感じでした。
ちょっと印象に残ったのが、
施設の職員の方たちの分と叔父さんの分、
二つお菓子を持って行ったのですが、
帰り際におじさんに「これ、開けていこうか?」(脳梗塞を以前にやっていると聞いてたので、お菓子の包みや箱を開けづらかったりするかな?と)と聞いたら、
慌てて「いいいい、そのままにして。向こう(職員の人たちのいる方を指して)にあげたいから」。
「職員の人たちには、これよりもっと量の多いのをもう渡してあるよ」と言ったら、「そうか」と、すごく嬉しそうなホッとしたような顔をしていました。
身寄りのいない叔父さんは、施設にいても誰も職員の人たちへの差し入れを持ってきてくれない事に肩身が狭かったのかも・・
東京から大きな袋を二つ抱えていってよかったなと思いました。
ケアマネさんによると、叔父さんは、私が来ると決まった時から「10万くらい下ろしてこなきゃ」と言ってたそうで、その言葉の通り、帰り際に財布を出してお金を渡されそうになりました。
子供の時は特に可愛がってくれてたそうですが、私も記憶はないし、叔父さんもさほど感慨もない感じだったのに(笑)
昔も今もとにかくお人好しで気前がよいと聞いてた叔父さんの事が心配になってしまいました・・。
弟から大阪行きには不賛成と当初言われていました。
が、この日私の撮った叔父の動画を、弟が母に見せたら(弟の方が先に面会に行ったのです)
母は「奇跡だ」「こういう優しい顔してた」と泣いて喜んでいたそうです。
撮らせてもらった動画の叔父さんがまたいい感じだったんですよね。
カメラ目線で母に語りかけてる30秒程度のバージョンと、
私が叔父さんに色々質問してそれに答えてる3分バージョンがあるのですが、
どちらもニコニコしていてとっても明るいのです。
とかく悲観的になりがちな母は元気づけられたのではないかと思います。
叔父さんは、私が新大阪まで辿り着けるかはずっと心配してくれてましたが
「こんなところまで来てくれて。
遠いから、生きてる間に会えるのはこれが最後だな」と笑っていました。
少し時間が経ってしまったのですが、
元劇団昴の先輩、岡村恭子さんと飲んできました。
写真は、イタリアンからの2軒目で、クラフトビールのお店。1軒目の店員さんが意地悪すぎて自分が選んだ店なのでゾッとしてたのですが、
このお店は雰囲気もおしゃれだし、オーダーや時間にもおおらかでとってもよかった!
恭子さんとは初演のクリスマス・キャロルで長い旅公演をご一緒しました。私はまだ研究生で、19、20歳でした。
なぜか気に入ってくださり、準劇団員になってからもキョンさんの家にお招き頂き、たらふく日本酒を飲んだりもしましたっけ。
退団されてからは長らく連絡が取れなくなってしまっていたのですが、
「8月のオーセージ」の時にご連絡を下さり、その後も上京なさった時など深酒してお付き合いが復活し、嬉しい限りです。キョンさん、美しいわ・・。
お土産?に頂いたお菓子の詰め合わせが美味しすぎて、かなりの量があったのに翌日には食べ切ってしまいました😱
そういえば10代の時、おもちゃみたいなアクセサリーしか持っていなかった私に、
恭子さんがきちんとしたショップでグリーンの石のついたピアスをプレゼントしてくれて嬉しかったなあ。まだ綺麗な状態で待っております。
さて、この頃思うのが
後輩を安易に飲みやご飯に誘ってはいけないなと。
いい子だったり礼儀正しい子であればあるほど、気が進まなかったり忙しくても応じてくれてしまう。
思えば昔は自分も、いい子でも礼儀正しくもありませんが、(飲みに行くより帰って体を休めたい・・)という時も、先輩に誘われたら断る選択肢はなかったですもん。
そんな風に自分から声をかけることに躊躇ってしまう中、劇団の後輩の関谷あづみちゃんは度々自分から誘ってくれて、がんがんスケジューリング、予約とすすめてくれるありがたい後輩さんです。(写真は髪を切る前のあづみちゃん)
とっても礼儀正しい方なのですが、遠慮せず自分もどんどん本音で話してくれるところが大好き。
楽しくていつも長時間になってしまいますが、私に大量の水を飲ませる事も忘れないシゴデキさんです!
(この1年は家族の事で頭も時間も使ってしまって、自分のことをあまりできなかったな。)と俳優としても個人としてもうっすら悲しい気持ちになりがちでしたが、
ここにきていきなりジムに通い始めました。
うちから歩いて3分、ベランダから見えるところに区立のスポーツセンターがあり、400円で4時間使えるのですが、その前を毎日通りながらも10年横目で眺めるだけだったので、これは画期的な行動です!
(マシンの使い方もわかんないし、ガチ勢が沢山いたら・・)など気後れしつつも、勇気をだして足を踏み入れてみました。
比較的人が少ない時間だったので、「全然わかんないんですぅ、全く初めてなんですぅ」と言ったら、女性のスタッフの方が付き添って下さり、手順やマシンの使い方、ポイントを教えて下さいました。
覚えきれずに同じことをまた聞いても嫌な顔もせず教えてくれてありがたし!
これで400円て!そして2回目の今日行ってみたら、区民スポーツの日とやらで無料でした。これまで区民スポーツの日なんてものがある事も知らなかったよ!
みんなで運動したり、ゲーム性のあるものは好きじゃないけど、黙々一人で体を動かすのって無心になれていいですね。
一旦落ち着いたと思っていた状況がさらに混迷の様相を呈してきています。ブログもこんなに空いたの初めてかも・・。
考える事が多すぎるーー。
とっても親身に接してくれる人もいれば、まさかの思いやりのない発言をされて呆然としたり。
でも少なくとも人生に対しての解像度は以前の私よりはるかに上がっている。
・・人生、マジで色々あるなあーーーーー!(腹からの叫び)
いや、人間としてのスキル強化期間、ロールプレイングゲームだ!
そんな中、40年ほど会っていない、遠方に住む母方のいとこのお兄ちゃんにコンタクトを取りました。
8歳離れているので、私の最後の方の記憶は、ちょっと当時の流行り?のヤンキーっぽくなってた彼。
それもあって歳の近い弟さんの方が距離が近かったのですが、
彼のお母さんである叔母さんには本当に可愛がってもらったし、母も姉を頼りにしていました。
聞きたいことがあって勇気を出してメールをしたのですが、結局電話で1時間半話し込んでしまいました。
お互いかなりきつい子供時代だったけど、負のスパイラルに負けずに頑張ってきたんだね、としみじみ。
なんなら私よりキツい事を経験してきていて、「人に言えないような愚痴も言ってくれていいからね」と言ってもらい、
この年になってお兄ちゃんができたような気持ちに・・
そしてその後もやりとりするメールの中で、
私が全く覚えていない昔の事を沢山教えてもらいました。
私、おじいちゃんにも、母の兄である叔父さんにも溺愛されていたそうです。
帰省すると、おじいちゃんの胡座の中が定位置。
多分当時30そこそこだったと思われる叔父さんは、花火が終わると泣いて大声でグズる私の為に、走って追加の花火を買ってきてくれたそうです。
当日中学生くらいであったと思われる従兄弟のお兄ちゃんも、朝起きた瞬間からどこかに連れてってとねだる私を三輪車に乗せて遊びに連れて行ってくれたそう。
なんで何も覚えていないんだろう。
多分その後怒涛の展開になったからだろうなとは思うのですが、身内の縁が薄いとずっと思っていました。
覚えてないのはとても残念だけど、
そんな絵に描いたような愛されて幸せだった子供時代があったんだと知って、
自分の人生がこれまでとは違うように見えてきました。
そういえば、
昔役者仲間の間で有名だった占い師の方に見てもらった時、
「守護霊がすごく強い。お祖父様かな?」と言われた事も思い出しました。
おじいちゃん・・今まで可愛がってもらってたこと忘れててごめん!!
そしてふと思い出した、今の混迷状況とは全く関係のない、1年ほど前のある場。
「私はこんな相手にはもう関わらない」とバチンとスイッチが切り替わる事がありました。
相手も私のスイッチの音は確実にキャッチした顔をしていた(笑)
その時は親族の話なんて聞いてなかったけど、
彼らが大事に可愛がってくれた、孫・姪でもある自分を、妙な環境に置くことをよしとしてはいけないな。
「良かったね!」←唐突にロメで〆る。
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