上川隆也「ぜひ“見つけて”もらいたい作品です」
7月16日より全国公開中のディズニー/ピクサーの最新作「ファインディング・ドリー」で、主人公・ドリーが冒険する先にて出会う7本足のタコ・ハンクの声を担当する俳優・上川隆也にインタビューを敢行。
もともと大好きだったというピクサー作品で初めて声優を務めた感想や、演じたハンクの魅力。そして、自分がもし擬態化するとしたら何をしたいかというむちゃぶりのような質問にも答えてもらった。
――まずは一足先に作品をご覧になった感想を教えてください。
自分のお芝居はさておき、やはり面白いと思いました。最初に吹替なしの試写を拝見しまして、その上で吹替版も拝見しましたが、それでもまた同じところで感動してしまいますし、物語の出来に揺るぎなさを感じます。一方で重ねて見ていくと、これまで見えていなかったものも見えてきました。
最初はストーリーを追うことに専念していたために主人公たちだけにいっていた目線が、その背景や自然描写などにも目がいくようになる。そうするとほんのちょっとした海面の表現などに目を見張ってしまうんですよ。本当にきちんと作り込まれた物語だなと思っています。
――ちなみに、2回目にご覧になって見つけたのは何ですか?
ピクサー作品ではおなじみの「ルクソーボール」を見つけました。とある所にポンと置いてありました(笑)。いつものルクソーボールとはまた違う形でしたので、一瞬「これそうだよね?」と疑ってしまいましたが……。そういった遊び心がたくさんありながらも、さらに物語は物語として完成度の高いものに昇華していく。ピクサーのすごさをあらためて痛感しました。
――演じたハンクというキャラクターの魅力は?
擬態や形状変化なども彼の特殊技能という魅力の一つなのですが、もう一つ彼の特徴として7本足であることが挙げられると思うんです。せりふの中で彼は「子供はごめんだ。奴らのせいで7本足になったんだ」とドリーに告げる。でも、どんなシチュエーションで、どのようにして7本足になったかというのは今作の中では具体的に語られていないんです。
どうやらその辺の過去に味わった思いが、彼を海に行くことではなく、水族館にいることを望ませるに至ったのだろうなと。ある種大きなコンプレックスを持つキャラクターだということですよね。最初にドリーと出会ったときは、どこか高飛車に恫喝しながら近寄ってくるハンクが、キッズコーナーに紛れ込んでしまったときには一転して意外なくらい狼狽してみせる。あくまで邪推ですけど、ドリーに高飛車に物申していたハンクというのは虚栄に過ぎないというか、そうすることで“自分”を保っていたのかなと。
でも、実は臆病で人見知りで対外的な接触をあまり望まない。それ故に死ぬまで水槽に入っていたいと思うようなことになってしまったのかなと。あからさまに描かれてはいませんが、そう思えるような造形がされていて、これは深い洞察がキャラクターになされているんだなあと思いました。
演じていながらほのかに感じていた部分ではあるのですが、ですからこそ最初のドリーに対する態度や、その後ドリーをいろんな局面から救い出す助っ人的な側面の二面性。その人間臭さの中に、僕はハンクの魅力の一端があるんじゃないかなと思っています。
――確かに一番人間臭く感情豊かな生き物ですよね。もしかしたら7本足になった経緯を描くために「ファインディング・ハンク」として続編になるかもしれませんよ(笑)。
あ~、なるほど。でも、だとすれば今度はベビーハンクが出てくるでしょうから、僕はもうお役御免ですかね。続編は子役の方にお任せしましょう(笑)。
――ちなみに、ピクサー作品は普段から結構ご覧になりますか?
残念ながら「全部見ました」とは申し上げられませんが、半数以上は間違いなく見ています。これまでで一番好きだったのは「ウォーリー」でしたが、今回の作品はそれに匹敵するか、下手すると抜くかもしれない可能性がある作品です。自分でやってしまったから思い入れもあるので、純粋に比較ができないんですけど、それくらい「ファインディング・ドリー」は本当に面白いと思っています。
――最初にこの作品への参加のお話があったときは気持ちが高ぶりましたか?
まず最初にオーディションという形でお話をいただきましたが、駄目もとでもいいと思いました。一時的に携われるだけでも非常に光栄だと思いましたので。ですから最初のオーディションの時は、本当に思い切ってやれました。すごくシリアスな感じからコミカルな方に大きく振ったパターンまで、さまざまな演技を試したんです。
いざ終わって収録ブースを出たら、関係者の皆さんが笑っていらしたんですよ。それが何よりうれしくて、振り切ってやって良かったなと思いました。受かるかどうかは二の次でやらせていただいたので、その日はあまり期待もせずにその場を後にして。
後日「上川さんでお願いしたいと思います」というご連絡をいただきました……。久しぶりに受けたオーディションでもありましたし、本心は受かるかどうかドキドキしていたんですけど(笑)。でも、合格の喜びも含めて関われることの喜びをかみしめた瞬間でした。
――声優は、ドラマや舞台など自分自身が出るお芝居とは勝手が違いますか?
普段のお芝居では、声は一要素に過ぎません。表情や立ち振る舞いなどいろいろな表現の中にある、一つの要素。でも、声のお芝居の場合は、声が全要素になりますので、他の表現はとりあえず一回置いておいて、声に自分の全てを乗せて表現する。持てる物を絞り込んだ表現になります。
ですから勝手は大きく違います。声色や喋りのスピード、リズム、大小、抑揚、喋ることにまつわる全部がそのキャラクターを形作るものになっていくのが、面白いと思うんです。そこに特化するからこそ、気が抜けない。OKをもらっても何か納得できなくて、自分から「もう一回やらせてください」ということも珍しくなかったですし。
正解が見えないという意味では、普通のお芝居とはまた違った意味で見えません。収録を終えても、これで良かったとは決して思えない。いまだにもう一回チャンスがもらえるならハンクをやりたいぐらい(笑)。だからこそ声のお仕事は何度関わっても難しいし、何回やっても面白いです。
――演じた中で一番難しかったのはどのあたりですか?
印象深いのは、ドリーと出会う冒頭のシーンです。ハンクへ理解度や監督とのコンセンサスにも関わってくる話なんですが、あのシーンが時間的にも一番かかったんです。5分くらいのシーンですけど、OKが貰えるまで4時間ほどかかりました。それでも、自分では満足いかなかったです。
後日、本国に一回アフレコの上がりを送って、リテークを録り直すという日が設けてられていたんです。そのリテークリストに冒頭のシーンは入ってなかったのですが「ぜひもう一回、冒頭シーンをやらせて下さい」とお願いして、やらせてもらいました。きっと大事なシーンだろうなと思っていましたし、あらためて臨みたくなったシーンでもありました。それもあって一番印象に残っています。
――ハンクと言えば擬態ということで、変化球の質問ですが、上川さんがもし擬態化して紛れられるとしたらどこに行きたいですか?
そうきましたか……。それは紛れて何をするか、というところまで話が及びますよね?(笑) 大概のことは擬態化しなくてもできそうな気がするんですよ。ちょっと目立たない服装をすれば、市井に紛れられる自信はあるので(笑)。でも、もしできるなら、安彦良和さんが原稿を描き上げる姿を後ろで拝見していたいです(笑)。
元アニメーターで「ガンダム」をお描きになった事でも有名な方ですが、あの方は下書きをほとんどせず、鉛筆で軽くあたりをつけたら、直に筆で仕上げに入ってしまうそうなんです。人物も機械も背景も、全部。その匠(たくみ)の技をぜひ目の当たりにしたいと思います。ものすごい、息をのむような技術が駆使されて原稿ができていくんでしょう。「浦沢直樹の漫勉」も大好きでした。って、とんでもなくマニアックな話をザテレビジョンさんの取材で言ってしまってますけど、大丈夫ですか?(笑)
――大丈夫です!(笑) では、最後に老若男女いろんな方が見られる作品なので、皆さんへメッセージをお願いします。
「ファインディング・ドリー」は前作「ニモ」をご覧になった方が、はたと膝を打つような瞬間が幾度となく訪れるような作品です。それは制作陣が、前作を精査して描かれた続編だからこそ。ニモは僕自身もこれは続編など作れないだろうと感想を抱くほど完成度の高かった作品でした。その続編がさらに、ここまで完成度高く仕上がるのかと、本当に驚きが感じられる作品だと思うんです。
仲間との友情や、親子の愛情、冒険、そして笑いと感動。物語という入れ物が取り込むことのできる、ありとあらゆる要件が本当にギュッと凝縮されていて、年齢を問わずご覧になっていただける作品だと思います。
お子さんはもちろんですが、それ以上に大人が見て楽しいと思える作品にもなっていますので、ぜひこの夏の目玉として楽しみにしていただきたいです。タイトルに引っ掛けるわけではないですけど、ぜひ皆さんに“見つけて”もらいたい作品ですね。