後味の悪い超小篇「窓」他五つ/小林私「私事ですが、」

2022/09/03 20:00 配信

音楽 連載

ビジュアル:小林私

美大在学中から音楽活動をスタートしたシンガーソングライター・小林私が、彼自身の日常やアート・本のことから短編小説など、さまざまな「私事」をつづります。今回は、6つのショートストーリーをお楽しみください。


子供の頃は好き嫌いが多く、食卓に出される飯を「一人で、部屋で食べたい」と言い張り、苦手なものを窓から捨てていた。

それからずいぶん経って私も会社勤めをする年齢になり、好き嫌いもほとんどなくなった。社内で恋人も出来た。相手は五つ上の上司。私も彼も付き合っていることが露見するのは少し恥ずかしく、周囲には内密に交際していた。

ある休日、私の家で二人でくつろいでいた。お手洗いで少し席を外していた彼の携帯電話に「嫁」と表示されていた着信があった。私を全てを察し、戻ってきた彼を責め立てた。たじろぐ彼を苛立ちと共に突き飛ばすと、彼の体は背中から窓を突き破って外に飛び出してしまった。

慌てて外を覗き込むと彼は姿形も消えていた。




真っ黒な夜に輝く月明かり、星は一つも見当たらないが




海岸沿いを裸足で歩くのは危ない。割れた貝殻や漂着したガラス、毒を持ったクラゲなんかが無数に落ちているからだ。

それでも海が好きだ。砂浜をサンダルでザクザクと歩き回って、踏み付ける木の枝や貝殻が音を立てて割れる感触もたまらない。

ザクザク、パキパキ、ザクザク、パリパリ、ザクザクザク

そしてたまに目線を落として、まだ誰にも踏まれていない綺麗なサクラガイや波にもまれて柔らかい光を携えるシーグラスなどを拾うのだ。

綺麗な貝を見つけた。拾ってよく見てみるとまだうぞうぞと中身がある。この小さな小さな、たった一つが命だと思うと、ゾッとする。




俺の家に出来た蜂の巣が俺の背丈を超えた日




燃え盛る家を前に、私は次にどうしていいのか分からなくなった。調べた通りに、可燃性の液体を家の周りから中へと撒きながら新聞紙や燃えやすそうなソファやベッドに染み込ませる。酸素を燃やし尽くしてしまわないように窓を開けて空気の通り道を作る。

日頃の運動不足が原因か、気付けば作業は夜までかかった。あれだけ体を動かすことを憎んでいたのに、久しぶりにかいた汗はやけに清々しかった。

ついに、と火を放つ瞬間の、小さな心臓の痛みがまた、炎と共に大きくなる。火は夜空の星をかき消して柱となって噴き上がる。神の数え方が柱である理由がふと分かった気がした。

全てが懐かしく過ぎたことに感じる。あぶられた腕の毛がチリチリと音を立てて、私にこの炎と同衾する意気地などないことを思い知らされる。

私は無性に走りたくなって逃げ出した。





ほんの悪戯で差し出した枝の先が彼女の手を貫いた

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