「子どものころから母に振り回されてきた。もう母とは距離を置いたままでいい?」と悩む女性へ、青木さやかのアドバイス【青木さやか「娘とわたし」#6】

2022/11/25 22:00 配信

芸能一般 コラム 連載


チャレンジその5「親孝行は道理だ、と言う言葉に乗っかってみた」

これはわたしにとって、最も苦しいチャレンジでした。

2019年、母がホスピスに入った時。母が、この世からいなくなると、思った時。あんなに嫌いな母なのに、母が病気になったと知ると辛くなり、死ぬのかと思うと、わたしの一部が無くなってしまいそうで、怖くて怖くてカラダもココロもガタガタと揺れ始めたのを覚えています。

「青木さん、最後のチャンスだよ。お母さんと仲直りしておいで」

と言ってくれたのは動物愛護の友人、武司さんでした。そんなことは重々わかりながらもできなかったんですよ、と言ってみたものの、わたしは彼をとても信頼していたので、最後まで聞くことにしました。「難しい、親の方が悪い」と言い張るわたしに彼はこう言いました。

「どんな親でも、親は親」
「親孝行は道理である」
「親子関係が人間関係の基本であり、親孝行すると楽になる」

わたしは、重い重い腰をあげることにしました。

当時のわたしは、パニック症があり、いつまで仕事が続けられるか不安がいっぱいであり、初期の肺ガンを患っており、離婚しワンオペで娘と生活し、人間関係だって余裕がなさすぎる毎日。一言で言うと「全然楽しくなかった」のです。親が嫌いだと思ったあの日から、もしかしたらずっとどこか楽しくなかったのかもしれないけれど。

だから、[何かが少しでも変わるなら、わたしの人生が楽しく変化するのなら]。それが唯一の、大きなモチベーションでした。

それから毎週、愛知県のホスピスまでクルマを飛ばして向かうことにしたのです。生まれて初めてかもしれません。母との二人の時間。一言でいうと、嫌で嫌で。運転席に座り東名高速道路を走りながら音楽を聴く気にもなれず、全身で嫌がって毛羽立つ感覚がありました。そんな母の元へ、自分から向かう。仲直りの為に。こんなに苦しいのに、誰も褒めちゃくれない。どんな仕事とも比べものにならないほど大変な難事業。

ホスピスへは、母が亡くなるまで何度も通いました。弱っていく母ですが、性格や性質は強く表に出てくるようで、わたしはどうしても過去を思い出してしまいました。「新聞をきちんと置き直して」「もう朝になったんだから布団を畳みなさい、だらしない」と言われると、まだ家族以外からどう見られるのかが最重要なんだなこの人は、と苦虫を噛み潰したような表情になってため息をつきながら帰ることだってありました。その度に、折角やると決心した初日の決意を無駄にしてしまったか、と軽く後悔し、翌週には自分を立て直し、またクルマを飛ばしました。

母が亡くなるまでの3か月。ものすごいパワーを使い果たしました。階段を2段上がっては1段下がり、いけないいけないと振り返り、階段をゆっくりと登っていくような毎日でした。

「親孝行は道理」か

以上が、わたしが自分を母の呪縛から解き放つためにしてきたチャレンジの数々です。

さて、実感として、これは良かったというものは、最後の「親孝行は道理だと言う言葉に乗っかる」です。母が亡くなるとき、わたしは母を嫌いではなくなりました。母が亡くなって数年、不思議ですが母のことをどんどん好きになっている自分がいます。親が好きだということは、ラクなことなんですね。これはわたししかわからないことですが、過去、母を嫌いだった記憶までなくなっていきました。健忘症でなければ(笑)。

そして、世の中で一番嫌いな人と仲直りできたのだもの、誰とだって仲直りできる。そんな希望がもてました。

「親孝行は道理」

そうなのかもしれません。

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