――ワークショップでのキャスト選出もそうですが、クラウドファンディングで映画への支援者を募ったことも映画「茶飲友達」の大きな特徴だと思います。俳優陣も積極的に参加して、盛り上がりを見せたこのクラウドファンディングですが、関わってみてどんな感想を持ちましたか?
俳優陣としては、皆が同じ映画を作る当事者になったっていう感覚が、これまで関わってきた作品と大きく違ったと思います。演技をして映像素材を渡すだけではなく、さらにその映画を作る組織の一員である責任感を持ったというか。どうやったらいい作品になるかっていう部分を、誰かに任せて、引っ張ってもらうんじゃなくて、役の大小に関わらず俳優みんなが本当に同じ熱量をもって、演技以外のいろんなことを考えて、準備することになったんです。クラファンで応援してくれる方々にどうやって宣伝するかとか、普通だったら宣伝部さんだったり、配給会社さんだったり、プロデューサーさんだけで考えるだろうものを、ほぼ役者全員で会議したりして。もちろん「これは俳優部の仕事ですか?」っていう考えの方もいて、最初は衝突もあったりしたんですが、そこも皆で意見をぶつけ合えた。そういうことはなかなか普通の映画では起きないですし、皆が作品全体を自分事として関わったということには、はかり知れないパワーが生まれていたと思います。
――そんな活気のある俳優陣の中、岡本さんは座長としてどう現場を引っ張っていったのでしょうか?
「周囲を引っ張る」というまではいかないですが、撮影現場では高いモチベーションを持ち続けて、周囲に良い影響を与えられる存在でいようとは意識してました。そして、みんなに思ったことを発言してもらって、監督やプロデューサーと俳優陣の間に入れる人でいようと。引っ張るというよりは、撮影現場の隙間を埋めるみたいな、そんなフォローっぽい作業ですね。
――芝居だけでなく、制作スタッフみたいな動きもしていたんですね。
私は主に「茶飲友達」運営側を演じる若手チームの俳優陣とコミュニケーションをとっていたんですが、ワークショップで選ばれたキャスト陣にはいろいろな経験値の方がいて、今までメインの役をやったことが無いという方も多かったので、どうやったら彼らの最高値が出る現場にできるかっていう準備をしました。役者ってここまでするのかなってぐらい、監督とそういう話をたくさんして、でもそれは自分のためにもなるし、逆にここまで作品作り全体に入り込めることを、いい経験だなと感じていました。
――「茶飲友達」の高齢者コールガールたちを演じたのはシニア層の俳優さん。若手チームとシニアチームが交じり合う撮影現場はどういった雰囲気だったんですか?
シニアチームに関しては、外山監督が主にまとめてくれていたのですが、待ち時間などでの現場フォローは若手チームの俳優陣がやってくれていました。私が撮影時間が多かったので、そこは任せていたんですが、お弁当のこととか、スケジュール管理とか、シニアチームの誘導とか、若手チームがまるで助監督さんのような動きをしてくれていて。私はその若手チームに「何か困ったことあった?」って聞いて、彼らに解決できないことがあったら、私が監督やプロデューサー陣に相談するという立ち位置でした。なので、撮影現場の俳優陣はみんな作品中の「茶飲友達」と似たような在り方をしていたと思いますし、今作で映像に映っている佐々木マナも、けっこう撮影現場での私そのままの姿だったりします。
――岡本さん自身はシニアチームの皆さんと、どんな関わり方をしていたんですか?
シニアチームの皆さんとはリハーサルの帰りにカフェでお茶したりとかしていたんですが、俳優の先輩っていうよりも、人生経験豊富なお友達って感覚でいましたね。皆さんの生き様について、いろんな話を事細かく聞かせていただいたんですが、それがドキュメンタリーとして凄く興味深いお話が多かったです。いろいろな別れを経験されていたり、もちろん周りで亡くなられている方がいらっしゃったり、子育てされていたり、結婚離婚経験も皆さんおありだし、(「茶飲友達」のナンバーワンコールガール・道子役の)瀧マキさんは40代からお芝居を始められたそうですし、皆さん壮絶な人生を、何でこんな明るいんだろうってくらい、あっけらかんと笑って話してくれるんです。
――そんなシニアチームと仕事を共にして、印象的だったこと、勉強になったことはありますか?
撮影現場でのシニアチームの皆さんは、いい意味で「欲深い」感じでした。そして、いい意味で「我儘」(笑)。「このセリフじゃなくてこのセリフを言いたい」とか「私、脚本のここが嫌だ」とか、言うことがとにかく素直なんです。でもそこに邪な感じがないので、素直に聞ける。年代が近い人のそういう姿を見ると、悔しさとか、うらやましいとか負の感情で見てしまいがちだけど、シニアの方たちがそういう動きをしているとスッと入るなぁ、と。なので、現場でのシニアチームは、若手チームよりもとても楽しそうでした。若手チームは将来を考えたり仕事に気負うものもあったと思いますが、その仕事への気負い方の手本がシニアチームにあったというか、「あ、こうやって楽しんで気負うと、その人の個性や魅力が出るんだな」って感じました。悪い方向に気負った演技って、やはり魅力的には映らないので。
――岡本さんは今年で芸能活動20周年。これまでのご自身の活躍を自分ではどう見ていますか?
デビュー当時の私は、すぐに正解を出しに行こうとする子どもでした。方程式とか証明問題を解くのも最短の解法を求めたがるタイプというか、近道を探しているというか。それでいて、失敗したくないし、間違いたくなかった。それはお芝居以外のバラエティーとか音楽のお仕事でもそうだったんですけど、自分が何をしたいかってことよりも、「ここなら活躍できるかも」っていう所を探して、そこに自分を合わせて行ったっていう部分があるから、そういった選択が今思うと自分にとって遠回りだったんだと思います。
当時選択したそれは本当は自分の本質じゃなかったし、そもそも自分に合っていなかったのかなと。活躍できそうな隙間なんてものもそうそうあるわけでもないですし、上手くやろうとする自分も大人たちにはすぐ見透かされて、叩きのめされて、大学卒業ぐらいの時期には一度この仕事を辞めようとも思いました。もっと早くから臆病にならず、傷付いておけば…後々傷は浅かったのにと思いますね(笑)。
――厳しい自己診断ですね。そんな中で、演技はいつごろから楽しくなったのでしょう?どんなターニングポイントが?
2019年の「熱帯樹」という舞台ですね。演技の仕事について「好きでやってる仕事なのに、何で苦しいんだろう」って悩んでいた自分が、その舞台で小川絵梨子さんという演出家さんに出会って、根本から「芝居とは何ぞや」ってことから教えていただいたんです。当時、私は自分とは違う何者かになろうとして演技をしていたんですが、「役者っていうものはそうじゃなくて、自分の中にある何かを使ってするのが芝居なんだ」って。「人間は違う人には、別人にはなれない」「自分の嫌いな部分を隠すっていう作業は、いい芝居をするために一番対局にある行為なんだ」っていうことを分からせてくれて…演技が面白くなったのはそこからだと思います。
――そんな、俳優としての紆余曲折を経て、今作は15年ぶりの映画主演作となりました。主演を務めての率直な感想はいかがでしたか?
今作に関しては演技以外のことをあれこれやっているので、普通の映画主演というには入り込み過ぎているのかなと思いますが(笑)、楽しかったです。例えば出番が多いという所だけでも、単純に芝居を作りやすい。だって自分の役に対する情報量が絶対的に多いんですから。ドラマや映画のちょっとした役だと、少ない情報量で役を作らなくてはいけない。そして、脇役から這い上がっていくにはそこで何か爪痕を残さなくてはいけない…となるんですけど、主役だと最初から情報量多いですし、監督とも十分に話し合いができます。ただ、いい芝居ができるに決まっている環境だからこそ、それをしないとダメだなっていうプレッシャーを今回初めて感じました。あぁ、主役をする方たちはこんなプレッシャーを普段浴びてるんだなって。主演は思っていたよりも自分の色が作品に出てしまうというか、自分が普段どんな生き方をしてるかというのが、良くも悪くも全体に影響を与える立ち位置だと思いました。
――外山監督が太鼓判を押していた今作での主演芝居ですが、本人としては完成映像、そして自身の演技をどう見たんでしょうか?
「私、こんなにも子供っぽい顔してるんだな」って。多分ワクワクしてたんだと思います。自分には、思っていたよりもまだまだ子供の部分が残ってて、それが隠さずにスクリーンに映っていて、そんな所にこれから自分で自分を楽しめる余白が見えた感じが嬉しかったですね。自分はデビューが早く12歳の時だったんですが、これまでの経験で「外から見える自分の表情」って、だいたい自分で把握できているつもりだったんです。でも、今回そうではないものをスクリーンで見ることができた。そこに高揚を感じましたし、芝居って面白いってあらためて思えました。
――実りの多い主演だったようですね。ちなみにシニアチームの俳優さんたちと多く触れ合った今作を経て、今岡本さんが、将来どんなシニア俳優になりたい、どんなおばあちゃんになりたいと思っているか。最後に聞いていいですか?
んー……「ロックなおばあちゃん」ですかね(笑)。いや、「破天荒なおばあちゃん」かな? それであって、「自分の責任は自分でとれるおばあちゃん」になりたいし…、とにかく面白いことに敏感な人でいたいです。今回(「茶飲友達」のコールガール)松子役の磯西真喜さんと喋っているときに、いろんな経験をされているし、いろんなことを知っている方なのに、いつも初めて知ったことに対して楽しんでくれるし、喜んでくれるし、驚いてくれるんです。そんなピュアな部分を見せてくれて、凄く対等に話を聞いてくれる姿が素敵で、私も年齢を重ねた時にそういう人でいたいなと思いました。
おかもと・れい=1991年6月18日生まれ、和歌山県出身。2003年に芸能界デビューし、2007年に「生徒諸君!」(テレビ朝日系)でドラマ初出演。2011年「フリーター、家を買う」(フジ系)、2012年NHK連続テレビ小説「純と愛」、2017年NHK連続テレビ小説「わろてんか」、2019年「わたし旦那をシェアしてた」(日本テレビ系)などに出演。以降数多くの映像作品や舞台で活躍。出演舞台『ブレイキング・ザ・コード』が4月1日からシアタートラムで上演予定。