デビュー50周年、さだまさしが語るライブ論「ステージがなかったら、ここまで生きてくるのは大変だった」

コロナ禍、動員制限ライブの拍手からもらった勇気

さだまさし撮影=友野雄


──さださんは今年デビュー50周年を迎えました。デビュー50周年にして「僕の音楽人生でこれからがピークなんだと思います」とコメントされていましたが、第一線を走り続け、向上し続ける秘訣は何ですか?

そもそも自分が第一線を走り続けているという意識は全くないですね。僕はベースがコンサートなので、コンサートに来てくださる皆さんと向かい合っているだけ。しかも僕の歌は散弾銃のように1対多数でバーンと打つんじゃなくて、一人一人に手渡さなきゃいけない曲が多いので。毎日毎日勉強しています。だからこれが第一線なのか、第二線なのか、第三線なのかが全くわからない。ただ、自分のやれることをやれるだけやってきた。それだけですね。

──その結果が今につながっていると。

ただ、周りが「まさしは一番コンサートをやっているやつなんだから」と言ってくれているので、そこは、そうなんだろうなと思っているかな。2020年、コロナ禍でミュージシャンはみんなライブができなかったでしょ。僕も7カ月間コンサートをやりませんでした。だけど、さだ工務店の連中は「まさしはやったほうがいい」って言うし、音楽は止めちゃダメだと思ったから、できる限りコンサートをしようと思った。お客さんを半分しか入れられないとなると、赤字必至。でもペイできないからと言って雑なコンサートは絶対にできない。だから2021年、僕たちは赤字だけどすごくいいツアーをやりましたよ。僕のコアなファン層は50代とか60代だから、人の集まるところへは怖くて来られない。その結果、普段よりチケットがわりかし手に入りやすくて、コロナ禍で若いお客さんが増えました。そうやってハマってくれる若い子が徐々に増えてきて、これはこれでやり続けた意味があるなと思いましたね。去年くらいからは、昔からファンクラブに入っている方たちもまたライブに来てくれるようになったから、ますますコンサートが活性化してくるのかなと思います。

──「音楽を止めてはいけない」との想いからコロナ禍でもライブを続けたことで、何か気付きや発見はありましたか?

再開した最初のコンサートは、2020年9月のウェスタ川越でのライブ。お客さんは通常のキャパシティの4割でした。ところがね、拍手が満員のとき以上だったの。僕は2曲目のイントロを聴いてステージの中央へ進むという演出だったんだけど、僕の姿が見えた瞬間にワーッと拍手が起きて、鳴り止まない。バンドメンバーはみんな泣いていた。あれで勇気をもらって、僕らはお客さんが少なかったとしても満席以上のライブをやらなきゃいけないなと思ったね。

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