近年台湾で話題になった選りすぐりの映像作品を、国内の劇場で鑑賞できる台湾映画ファン待望のイベント「TAIWAN MOVIE WEEK 2024」が今年も開催決定! 10月17日(木)〜10月26日(土)まで、東京ミッドタウン日比谷を中心に、TOHOシネマズ 六本木ヒルズ・池袋ほかのスクリーンで無料上映される。
本記事では10/25(金)TOHOシネマズ 六本木ヒルズにて上映予定の『青春18×2 君へと続く道』を紹介する。なお本作はすでに Netflix でも独占配信されている作品なので、気になった方はぜひチェックしてほしい。
台湾人作家であるジミー・ライ氏のエッセイ『青春18×2 日本慢車流浪記』を原作とした長編映画『青春18×2 君へと続く道』。台湾南部のカラオケ店で働く高校生のジミーと、その店にやってきた日本人バックパッカーのアミのひと夏の恋を描いた、日台合作の青春映画だ。台湾の人気俳優・シュー・グァンハン(許光漢)と清原果耶によるW主演、さらに『余命10年』などで知られる藤井道人監督がメガホンを取ったことも話題となり、台湾では劇場公開から一ヶ月ほどで7千万台湾元(約3億1600万円)を記録。日本、韓国、ベトナム、シンガポールなどでも、公開されるやいなや多くの観客を集め、アジア全域での大ヒット作となった。
18年前の恋愛と、その後の18年ーー。
物語は、自分の会社と仕事を失うことになった36歳のジミーが、久しぶりに実家へ帰り、かつて想いを寄せていたアミから届いた絵葉書を手に取るところから始まる。
なにかを決意したように彼女の生まれ育った故郷を目指す旅に出たジミーは、青春時代の思い出を頼りに、神奈川県の湘南や、長野県の松本、新潟県の長岡、そして旅の目的地である福島県の只見を訪れるわけだが、18年前に台南の街でアミと過ごした日々を回想しながら映し出される日本の風景はどれも息を呑むほどに美しい。日本の冬と台湾の夏という季節のコントラストも相まって、それぞれの地域に漂う空気をリアルに感じられる映像美となっている。
「この映画を観ると、スクリーンから台南の風が吹きますよ」ーー いち早く劇場で作品を観た人からそんな感想を聞いたのも納得だ。うだるような蒸し暑さの台南の街、人であふれる夜市の熱気、二人乗りしたバイクで浴びる夜風の匂い……。そんな情景までスクリーンを通して伝わったのは、ジミーとアミが体験したようなひと夏の甘酸っぱい思い出を、自分自身も数十年ぶりに思い出したからに違いない。
この作品がヒットした理由を語るうえで、主人公のジミーを演じた許光漢(シュー・グアンハン)の魅力は外せない。18歳と36歳、長い年月の中で成長を遂げた一人の男性の姿を演じ分けることができたのは、グアンハンがこれまで数々のドラマや映画で個性豊かな役柄をその人が纏う雰囲気ごと演じる力を磨いてきたからだろう。
本作の中で、緊張しながらアミをデートに誘う18歳のジミーと、眼鏡が似合う36歳のジミーの落ち着いた横顔はまるで別人だが、36歳のジミーの表情の奥にはかつての面影も見え隠れする。特に印象に残っているのは、旅の途中で初めての雪景色に感動し、若者と一緒に雪合戦をするシーン。落ち込んで疲れ切っていた36歳の大人が、まるで子どものようにはしゃぐ。かつての純粋な喜びを感じる気持ちを取り戻しているようにも見える象徴的なシーンだが、表情ひとつでそこまでのストーリーを視聴者に訴えることができる、グアンハンの演技に心を掴まれた。
近年は台湾のみならず、日本や韓国など活動の場を増やしているグアンハン。本作に出演するにあたっては、日本語での演技や日本の俳優との共演シーンのために、とにかく自然な日本語になるよう訓練を重ねたという。今後の日本での活動にも期待したい。
本作が単なる青春恋愛映画ではなく、心温まるロードムービーとしても評価されているのは、主人公が旅をする先々で出会う人々の魅力によるところも大きい。
ジミーが一人で立ち寄った居酒屋の店主を演じた、ジョセフ・チャン(張孝全)。ローカル線の車内で乗り合わせたバックパッカーを演じた、道枝駿佑。そして長岡駅のネットカフェの店員の黒木華、目的地で道に迷った主人公を助ける隣人の松重豊など、日台入り交じる豪華なキャスティングに驚かされる。
何が起こるか分からない旅の面白さ、そこで出会う人々と交わす会話、それによって起きる心の機微……。自然な演技が光る実力派の俳優陣が脇を固めていることもあって、道中でのささやかな出来事が、非常に印象に残るシーンになっていた。ロードムービーとして必要な要素がふんだんに盛り込まれており、視聴者の心をじんわりと温めてくれる。
またかつての恋を振り返るにあたって、作中では懐かしい要素も多々登場する。
ジミーが愛読していた日本の漫画『SLAM DUNK』や、和音の着メロ、カラオケで流れるモーニング娘。のヒット曲、Windows XPの立ち上げ画面、そしてアミとの初デートで観に行く岩井俊二監督の映画『Love Letter』など……。
日本と台湾の若者たちは共通のカルチャーやブームを経験していることも多いため、おそらく日本の視聴者は、台湾の人たちと同じ熱量でこのノスタルジーに共感できるはずだ。
映画の冒頭で流れるのは台湾の大人気バンド・五月天(Mayday)のヒット曲だが、ラストは日本の Mr.Children による書き下ろし主題歌「記憶の旅人」で視聴者の涙を誘う。これらは日台合作映画ならではの演出であり、台湾への親しみもぐっと増すだろう。
本作の紹介文を見て「注目の人気俳優が出演している青春恋愛映画なんて」と、斜に構えるのは非常にもったいない。この映画は日常や日々の仕事に追われ、素直で純粋な気持ちを失ってしまった大人の心にこそ、深く沁み入る作品だからだ。
懐かしい恋が描かれてはいるが、監督たちが強い気持ちで伝えたかったのは、むしろその後の物語なのではないか。大人として社会で生きる過程の中で失ったものや、挫折を経験することで忘れてしまった感情、自分にとって本当に大切なものーー。
主人公のジミーは「君へと続く旅」を通して、そうした成長の過程で失ってしまったものを一つずつ思い出し、これまで自分が歩いてきた人生を振り返る。かつての友人と「私たちはどんな大人になるんだろう」と語らったことを思い出し、36歳になった現在の自分が立っている地点を確認する。本作がアジア全域で大ヒットしたのは、そんな主人公の姿が、毎日を必死に生きている人々の共感を呼んだからなのではないだろうか。
作中に出てくる言葉「休息是為了走更長遠的路(一休みはより長い旅のため)」という言葉が胸に響いた。ぜひ皆さんも忙しい日常のなかで少しの間だけ立ち止まって、本作で心の旅を楽しんでもらいたい。
文/田中 伶
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