三谷の最新作「スオミの話をしよう」は、豪邸に暮らす著名な詩人・寒川しずお(坂東彌十郎)の新妻・スオミ(長澤)が突如行方不明になることから始まる。刑事であり、スオミの元夫でもある草野圭吾(西島秀俊)が豪邸を訪れ、すぐにでも捜査を開始すべきだと主張する。
しかし寒川は「大ごとにしたくない」とその提案を拒否。やがてスオミを知る男たちが事情を聞きつけて次々と屋敷にやって来るのだが、彼女の安否そっちのけで「誰が一番スオミを愛していたのか」「誰が一番スオミに愛されていたのか」と激しい議論が始まってしまう。それぞれスオミの元夫である魚山大吉(遠藤憲一)、宇賀神守(小林隆、)十勝左衛門(松坂桃李)たちが振り返る彼女は、それぞれ性格や言語さえ異なる人物像で…。
シリアスな状況でも、どこかコメディチックな雰囲気が見え隠れする三谷ワールド全開の同作。骨太なミステリ要素がしっかり柱として存在しつつ、三谷作品らしい会話主体の長回しや突飛な演出にどうにもクスッとさせられる。
三谷作品のミステリ作品といえば、「古畑」のほかに「黒井戸殺し」も忘れられない。こちらはアガサ・クリスティの「アクロイド殺し」を原案としたドラマで、野村萬斎と大泉洋という特色ある2人がバディを組んだ。
「アクロイド殺し」は「映像化不可能」と言われた叙述トリックが魅力のミステリで、「黒井戸殺し」は日本において初の映像化作品だという。“叙述トリック”を扱うとき、特に難しいのが視聴者側に対するフェア・アンフェア論争。本来ミステリ作品というのは、視聴者にすべてのトリックを解き明かす種を入れなければフェアではない。それは小説、映画、ドラマすべてにおいて“ミステリ”の作法ともいうべきルール。
そんななか「文字だけを読んだ読者が勘違いする」ことを意図した叙述トリックは、映像化が非常に難しい。映像は文字とは違い、視聴者に勘違いさせる余地が少ないからだ。
しかし三谷はそうした制約をきちんと受け止め、同作の魅力を丁寧に描き切る。“信頼できない語り手”を見事に作り上げ、驚きの種と同時にヒントもフェアに開陳していた。
原作のある「黒井戸殺し」だからこそ見えてくるのが、三谷監督作品が長く愛されている理由だ。「自分流に面白く」という味付けはしっかりおこないつつ、外してはいけない原作の骨子はしっかり尊重する。作品へ愛を持って向き合う姿勢は見ている側にも、演じている側にも伝わるはず。
「どうにか刺激的なことをやってやろう」「俺のすごさをアピールしよう」というエゴを感じさせない向き合い方と、ひとつまみのユーモア。それこそが三谷が多くの芸能人を惹きつけ、視聴者をトリコにする魅力の正体ではないだろうか。
最新作「スオミの話をしよう」を見終わった暁には、改めて三谷監督作品を振り返るのもいい。時代を経ても見入ってしまう各作品の秀逸なテンポ感はもとより、登場するファンをニヤッとさせる仕掛けの数々に気づけば、もう一度映画を見返したくなるはずだ。
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