そして冒頭でもお話しした“バックステージもの”というのが、今回の最大の見どころではないだろうか。
制作統括の川崎直子氏いわく、脚本・演出を務める源孝志に「NHKで最新技術を使ったドラマを作ってほしい」と依頼したことそのものが物語に落とし込まれているそうで、最新技術VSスタッフ・出演者という構図は、実際の現場でも同じだったとのこと。
それが象徴されているのが、ワンカットの13人斬りのシーンだったように思う。
この場面では21秒に立ち回りを収める必要があり、シゲちゃんをはじめ城太郎や大部屋俳優たちが時間内に収めようと奮闘する姿が描かれているが、実際の撮影でも時間内に立ち回りを収めなくてはならないため、内野ら俳優陣は稽古を重ねたという。
さらに撮影で使われる最新鋭のカメラは、スポーツ判定でも使用されるような精密なもの。
内野は、「普段の立ち回りというのは、嘘。刀がぶつかり合っているようで、実際にはぶつけていないんです。でも、今回はスローなので当たっていないのがバレてしまう。体に触れなくてはいけないけど、でも触れると刀がブレてしまうので、とても神経を使いましたね」と、最新技術相手の芝居に苦労したことを明かした。
実際の俳優陣の苦労が作中で見られるため、単純に「役者さんって大変だなあ…」と知らない世界を垣間見ることができるのも楽しかった。
苦労するのは俳優陣だけでなく、最新技術を扱うスタッフたちも同様だ。
慣れない機器の扱いはもちろんだが、その機器によって多くのスタッフの仕事が変わってくる。
作中でシゲちゃんが妻に「4Kいうたらなんでも写ってしまうんとちがうの?」と問われ、「理論的にはそうやけどな。使うてるレンズは映画用のシネレンズやから写したいもんははっきり写す、写したないもんはやんわり隠す…。それがわしらの腕の見せ所やて、照明の町田さんが言うてはったわ」と答える一幕がある。
照明部の苦労が直接的に描かれている場面はないが、このセリフから活動屋の熱意やこだわりが伝わってきて胸が熱くなった。
そして物語のクライマックスに登場するのは、誰もが知るあの名シーン「池田屋階段落ち」。シゲちゃんがワイヤーアクションで階段を落ち、さらにカメラマンもワイヤーで吊るされながら撮影を行うことになる最後の山場だ。
ワイヤーアクションへの挑戦というシゲちゃんや活動屋たちの苦労や努力も見どころだが、このクライマックスでは、最新技術だけでなく“役者・シゲちゃん”が芝居でも真骨頂を見せている。
内野と獅童が見せる魂と魂のぶつかり合いともいえるこん身の芝居と迫力満点の映像は、ぜひとも放送で見てほしい。
いつの時代だって、一生懸命頑張る人は美しいし、頑張る人の姿に人は心を打たれる。
そして人はキャッチーで分かりやすいものを好む。“階段落ち”は語感だけでもすごいことが分かるし、“階段落ち”だけを見たとしても、胸が高鳴る。最終的に人々の記憶に残るのは、作品のごく一部分に過ぎないかもしれない。
でも、そんな“階段落ち”の裏にあるのは生身の人間が不器用に頑張る姿だ。
本作は、がむしゃらにエンターテイメントを愛し続けるシゲちゃんのような人たち、そしてエンターテイメントを愛する全ての人に捧げるラプソディーとなっているように感じた。
最後になるが「スローな武士にしてくれ」というタイトル。
このタイトルを両親に言ってみると、揃って「I want you♪」と急に歌いだした。
1981年に公開された浅野温子主演の映画「スローなブギにしてくれ」と聞き間違えたようだ。どうやら南佳孝の歌う同名の主題歌も話題となった大ヒット映画らしい。映画のあらすじを聞いてみたけど、両親は「なんだっけ~」とトボケ顔。
やはり人はキャッチーで分かりやすいものをずっと覚えているものなのだな。
文=よしも
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