佐藤魁の素人っぽいしゃべりも良かった。逆にリアルな感じがして、ハワイにおける「日本人」が浮き上がったし、空間が和んでいたし、村上虹郎といいバランスができてすばらしかった。佐藤魁という人を私は初めて知ったのだが、プロ・サーファーらしい。やっぱり、かっこいいサーフィンのシーンがあると映画がしまる。
原作では、この2人は、もうちょっと軽い扱いなのだが、映画では重い役割を担い、かなり魅力的に描かれる。
知り合いのレストランでピアノを弾かせてもらったサチは、たまたま食事に来ていた高橋と三宅とテーブルをともにする。その時、元海兵隊員に絡まれる。
この元海兵隊員も、原作以上に重い役割を担っていて、戦争と絡めながら自然災害で身近な人を亡くすことについて語る。
日本とアメリカの関係や、戦争によって人を亡くすことについての言及は、サチの「息子を自然災害で亡くす」という物語とは無関係のはずなのに、しっくりと世界観になじんでいるのは、村上春樹らしさだし、監督の松永大司による小説の深い読解のたまものだ。
サチと、この高橋と三宅という日本人サーファーの交流は、この元海兵隊員とのいざこざによってさらに深まるのだが、とはいえ、息子について多くを語るわけでもないし、友情というほどのものを築くわけでもない。
でも、この関係のおかげで、光明が見える。
身近な人を亡くした経験のある人は、後半になるにしたがって、ぐっと胸に迫ってくるものがあるだろう。
私も、亡き父のことや、流産の経験、今いる子どものことを思った。
明るい光の中でさらりと死が語られるので、それぞれの喪失体験が思い出しやすくなる。
ラストもスッと終わって、短編小説らしさがあって良かった。
作家。1978年生まれ。2004年にデビュー。著書に、小説「趣味で腹いっぱい」、エッセイ「文豪お墓まいり記」「ブスの自信の持ち方」など。目標は「誰にでもわかる言葉で、誰にも書けない文章を書きたい」。
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