――「ラチェットレンチ」は劇団の特徴として、落語に題材をとっている作品が多いですが、酒井さん、小笠原さんはその面白さをどう考えていますか?
酒井:松尾芭蕉で言うところの「軽み」みたいなもの、落語にはそういう要素があると思ってて。ものすごい熱量をもってやっても伝わらないものを、ある形を通して伝えることができる、一個のアートフォームだと思う。
ラチェットレンチは、その使い方がうまいと、去年出た時に思ったし、それでお客さんの懐に入るところがある。落語を知らない人も楽しめるけど、知ってる人が見るとものすごい楽しめちゃう。お客さんと共有できるもの、綱がしっかりあるんだなあという印象ですね。
小笠原:落語には独特のリズムがあって、演劇の言葉で書かれていても、落語のリズムで運んでいるような気がするんです。例えば、暗いことをやったとしても、暗い人物を描かれていても、お客さんに入っていく時は沈まないというか。
落語の世界というのは、バカばっかりが出てくる。この劇団の登場人物は、落語の中の登場人物みたいに、人懐っこい人として描かれる。いい意味でポップ、波間に漂って、プカプカ浮いてる感じ。それがお客さんとの関係を良くする。キャラクターを伝えやすいし、「あ、この人実在してたかも」って思っちゃう。
ラチェットレンチの芝居は、どのキャラクターも落語のそれのように嫌われない人物っていう印象。観客に愛されるような人として書かれているのがいいなと思いますね。
――第1作から落語がテーマだったわけではないんですよね?
大春:6作目「梅咲く、時雨」(2013年)で初めて、僕が落語をやりたいと言って始めて、そこから飛び飛びで、前回の3本立てを入れると全部で9公演。
1作目はコミカルなオカルトものだったんですけど、以降は基本的にサスペンス。というのは、劇団員は、井上もそうなんですけど、サスペンスが好きで入ってきたんです。
井上:そうなんです。そもそも落語をやると思って劇団に入っていない。大春が落語をやりたいと言い出した時に、猛反対した一人です(笑)。
大春:落語ものをやりたいと言った時に、何を考えているんだって大反対された。でも僕はやりたいって言って、そこで折衷案を取って、落語なんだけどサスペンスタッチで、オカルト色も含んだ作品にした。
誰が落語をやるんだって言うから、じゃあ僕が習いに行くって言って、それで、書いて、演出して、主演もやるっていうのを初めてやったんですよ。そこで味を占めたというのはあります。
井上:そこからサスペンスをやって、次はコンクールに出ます、ということになった。その作品に、1度目の落語ものに出た方が出ていただけるということになり、だったら落語を書け、稽古前に台本が上がらなくてどうするんだって言われて、その時だけちゃんと稽古前に台本が上がった。
それが「落伍者。(らくごもん)」(2014年)なんですけど、僕らからすると全部が落語の話というのはやったことがない。それまでサスペンス劇団という感じでやってきたから、大丈夫かな?って思って。
大春:一応、人は殺しましたけど(笑)。
井上:「落伍者。(らくごもん)」は、コンクールでは評判が良くて、でもそこからまたサスペンスに戻った。劇団員自体はサスペンスがやりたくて入ってるから。最近入ったメンバーは、落語ものをやりたくて入っていますが。
片岡:私は落語作品に惹かれて。
井上:ね。彼女は前回からの出演者。でも、落語ものをやってみて、小笠原さんも言ったけど、嫌われるキャラクターがいないというのはとてもいいことなのかなと思います。演出してもらっているおかげもあるけど、落語の作品になってから華やかなイメージがついたとは思いますね。
基本的に大春が書くのは、人と人のつながり。誰かと誰かの思いがつながって、 昔の遺恨がクリアされて、この人たちこういう関係だったんだ、よかったねっていうラストが多いんです。サスペンスから落語にベースが変わっても、そこだけはぶれていない。
――ハートフルという部分は劇団の核ですよね。
井上:そこを見せたいと僕はずっと思ってます。何を書いてもきっとその要素が入ってくる。落語が売りっていうよりも、人と人との関わり、そこに伴う思いというものを描いていきたい。
小笠原:ハートフルで、人と人とのつながりというと、重い恋愛ドラマとかになりそうだけど、とてもエンターテインメントだなと思うんです。ハートフルなエンターテインメント。とても演劇的で人の心を明るくする、見る人を気持ちよくする。そういうものが落語作品でもサスペンスでも共通するところなんだろうと思います。
今回も、もちろん暗いドラマはあるけれど、やっぱりエンターテインメントになっている。
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