映画「ひとよ」を生みだした桑原裕子の名作「往転」が再演!

2020/02/28 16:01 配信

芸能一般

初演に続き、連投の峯村リエ(写真左)は、今回は別の役で泣かせてくれる

第56回岸田戯曲賞、第15回鶴屋南北戯曲賞の最終候補作としてノミネートされた、桑原裕子の「往転」が9年ぶりに再演される。今回は桑原自身の新演出で、ホームグラウンドである劇団KAKUTAのプロデュース公演。本作への思いを桑原が語る。

「執筆したのは2011年の1月でしたから震災の影響を受けて書いたものではありませんでしたが、福島と仙台の間で起きたバスの横転事故という設定なので、自粛ムードが高まっていた当時は上演するのさえ危ぶまれ、幾重もの困難を乗り越えての上演でした。

初演版の演出をされた青木豪さんが上演できるように劇場へ直接掛け合ってくださり、戯曲のなかで風評被害のことを触れるようアドバイスをしてくださったりしたおかげで無事に日の目を見ることができました。9年の間にテクノロジーは諸々進化しましたが、今回演出する上では現代に修正した部分はほんのわずかで、あえて時代を限定しないかたちで作りました。その方が物語の普遍的な部分を掘り下げていけると思ったからです。

この作品で描こうとしているのは“人生のつまずき”で、初演時はどうしても震災や原発事故といった社会問題と結びついてイメージされてしまったところがあったのですが、ほんとうはもっと個人的なつまずきを見つめてみたいと思って書いたものでした。

SNSが普及した今、個人的なつまずきを他人に指摘されたり、責められたりすることがあの頃より増え、正しいことを自分にも他人にも求めすぎる時代だと思います。生きづらい世の中という意味では2011年より2020年の方が切実な問題になっていると感じているだけに、今この作品をやる意味はあると感じています」

再演にあたり、キャスティングもブラッシュアップされた。その中でも、現在放送中のドラマ「ケイジとケンジ 所轄と地検の24時」にも出演中の峯村リエは、初演と違う役で登場している。

「峯村さんは、初演時には照美というお喋り好きのオバチャンを演じていて、本当に面白くてインパクトが大きかったので、同じ作品にお呼びしていいものか迷ったのですが、今回演じてもらった宣子という女性像を改めて思い描いたときに、どうしても峯村さんで見たい!という想いがあふれてしまい、お願いしました。おかしさと寂しさと愛らしさが、どれか一色ではなく常にマーブル模様のように混じり合ってしみだしているのが峯村さんの魅力。舞台の上の宣子に泣かされるたび、お願いしてよかったと改めて思います。

そして、初演で峯村さんが演じた照美役を今回お願いしたのが岡まゆみさん。執筆時、キャスティングが誰も想定されていなかったため、脳内でいろいろな人を思い浮かべて勝手に“架空の当て書き”をしていたのですが、実はその時に照美でイメージしていたのが岡さんだったんです。チャーミングで、すっとぼけていても憎めない。岡さんの愛情深さが照美を豊かに色付けていると思います。入江雅人さんの演じる吾郎は、ともすると本当に自分本位で都合の良い男、いわゆるゲスな男になりかねない役なんです。女の敵になり得る役。あるいは、ただ情けない男として見えてしまう可能性もある。だけど入江さんの吾郎を見てそう思う人はいないと思います。男のずるさも弱さも嘘なく持ち合わせていながら、ああ、この人を愛してしまう気持ちわかるな、と思わせる説得力。根が男前ですごく優しい入江さんだからこそですね。小島聖さんが演じる浅子はミステリアスな女性。聖さんがそんな小悪魔的な女性を魅力的に演じる姿は容易に想像がつくと思います。でも、真価はそこではなく! 今回、聖さんは稽古場からいろいろなアプローチで浅子を演じてみてくれたのですが、生っぽく繊細な人間味にあふれていて、そこにすごく遊び心があるんです。相手役である米村亮太朗さんもその日その時の生きた呼吸を大事にする俳優さんなので、そんな二人の呼吸が絡み合う瞬間は濃密で、時に激しく火花が散り、時に官能的。二人とも多様な顔を持っていて、脈々と血が通っている。だから二人の掛け合いはいつも新鮮で楽しいです」

桑原の演出により、キャスト含め初演とは違った見方ができそうだ。

「今は人生のなかでしくじることが怖いというか、他人にどう思われるか、と考えることでつい慎重になってしまうご時世だと思います。ちょっと下手なことをすると攻撃されたり、社会的に間違っていることは誰が糾弾してもいいみたいな風潮に疲れている人は私だけじゃないと思うんです。だから、そんな人たちにこそ見てほしい。この作品には、いろいろな形で、年齢で、想いで、つまずきを経験している人たちが登場します。彼らを無様だと笑ってもいいし、自分とは違うと俯瞰(ふかん)してもいい。ですがもし誰かしら自分と似たような人が出てきていたら、ひとりじゃないんだと少し安堵してほしいなと思ったりします。

そして、転ぶことがあったっていいじゃない。つまずいて格好悪くても、好きなことをして生きて、また歩けばいいじゃない、と、そういう自分も含めて許せるような感覚を、観劇後に抱いて帰っていただけたら嬉しいです」

「往転」は3月1日(日)まで、下北沢・本多劇場にて上演中。