希穂子にもらったマフラーに顔をうずめ、東京の街を彷徨う鉄男の繊細な表情も印象的な中村蒼は、そもそも昭和男子顔というのか、日本男児顔というのか、実直さや清潔感が魅力の俳優である。
デビューのきっかけはジュノン・スーパーボーイ・コンテストでのグランプリ受賞(2005年)。いわゆるイケメンタレントを多く誕生させてきた同コンテストの受賞者は、モデルや仮面ライダー、戦隊ヒーロー、2.5次元舞台などからキャリアを広げていくことが多くなるものだが、中村のデビュー作は、寺山修司原作の「田園に死す」という舞台。
かなりマニアックな作品で、中村は、寺山修司の世界を象徴する、白い開襟シャツが似合う文学的雰囲気漂う少年役で主演した。その後は主に映画やテレビドラマで活躍しているが、2019年は、満島ひかりと坂口健太郎主演のシェイクスピアの舞台「お気に召すまま」で、森で隠遁生活を送る哲学者の役を演じ、難しい長台詞もみごとに語っていた。
デビューから15年、いろいろな役を演じ、厳しい芸能界を生き抜いてきながら、演技に変に慣れた感じがまったくなく、知性、実直さ、清潔感……等を変わらず失くさないでいるところがじつに貴重なのである。
だからこそ「エール」で、働きながら和歌集を読み、詩を書いている苦労人・鉄男のような役がピッタリはまる。また、単に知的で真面目な役が似合うだけではなく、そこに何か突きつけてくるものがあるのだ。
たとえば、「洞窟おじさん」(2015年)。これは「エール」のチーフ演出家であり脚本を一部手掛ける吉田照幸の作品で、実話をドラマ化した文化庁芸術祭優秀賞受賞作である。
リリー・フランキーが演じる主人公・洞窟おじさんこと加山一馬の青年期を演じた(全4話中の第2話)。文明社会からひとり離れて山奥の洞窟で暮らしていたため人間をこわいと感じる人物が、じょじょに人間と触れ合っていく。中村が発する野性的な力強さとピュアな感性は鮮烈だった。
さらに、吉田作品の横溝ミステリー「悪魔が来たりて笛を吹く」(2018年)では極めて重要な役を演じているが説明するとネタバレになるので省略する。「洞窟おじさん」「悪魔が来たりて〜」はオンデマンドにあるので興味を持たれた方はそちらでご覧いただきたい。
吉田作品では、志村けん主演のコント番組「となりのシムラ」にも出演。こちらではコントに挑戦し、とぼけた味わいも発揮している。当時、志村けんとの共演を喜ぶコメントを発表していたが、「エール」では志村けんと再び共演する機会はあっただろうか。
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