<西野亮廣>ゴミ人間〜『えんとつ町のプペル』誕生の背景と込めた想い〜「鳴り止まないエンターテイメント」【短期集中連載/第9回】

2020/10/20 21:00 配信

映画

幼くして父親を失った少年・ルビッチの前に突然姿を現したゴミ人間・プペル。折れそうな心に寄り添う仲間の存在が、少年を強くする


「誰か見たのかよ。誰も見てないだろ? だったら、まだ分かんないじゃないか」

アフレコ収録でその声を聞いた瞬間、これは、100年に一度のウイルスに襲われ希望を失った2020年に、強く響くメッセージになると確信しました。今日、公開された本予告で、そのシーンが流れますので、是非、その声を聞いてみてください。たしかに今はまだ光は見えないけれど、だけど、結論を出すには早すぎる。まだわからない。まだ、やれることがあるハズだ。

子供の頃。家の近所のダイエーの駐車場にプロレスの巡業が来ました。駐車場の真ん中にプロレスのリングが組み立てられて、いつもの景色が一変します。まもなく、その周りにたくさんの椅子が並べられ、これから始める「まだ見たことない何か」に子供の僕の胸が躍ります。夜になると駐車場のフェンスにはブルーシートが張られ、お金を払わないと中を覗くことができません。当然、そんなお金は持ち合わせていませんが、この胸の高鳴りが収まるはずもなく、僕はブルーシートが張られたフェンスに耳をピッタリと付けて、中の様子を想像しました。聞こえてくるのは、ドタンバタンと技が決まる音と、大きな歓声。生まれて初めて聞いたエンターテイメントの音は、ずっとずっと僕の耳にこびりついて、その夜は興奮して眠れませんでした。

それから数年後。周りのリクエストに片っ端から応えていった結果、売れっ子タレントになった僕は、これが本当にやりたかったことなのか、物陰から覗いてくる子供の頃の僕をドキドキさせられているのか……自分の活動に胸を張れずにいました。「もしかしたら、僕の居場所はここじゃないのかもしれない」。そんな中、テレビの世界に限界を感じつつ、ウジウジと行動を起こせないでいた僕に、光の片鱗を見せてくれた人がいました。

落語家の立川志の輔師匠です。

あの日、渋谷のパルコ劇場で開催されていた『志の輔らくご』で観た景色は、リクエストに応える僕の毎日とは、まったく違うものでした。開演から終演まで、志の輔師匠が一貫して発信しているメッセージは「僕が面白いと思っているのはコレです」の一点。

そこは、そのメッセージを軸に世界が回っていて、世間との折り合いの欠片もありません。それは、大人になり、求められる毎日の中ですっかり忘れていた、子供の頃の僕の胸を躍らせて止まなかったエンターテイメントの姿でした。終演後の客席で、「そうだ。僕は、ずっとこれがしたかったんだ」と涙が止まりませんでした。

同じ頃、劇作家の後藤ひろひとサンにお誘いいただいて観に行った舞台『ひーはー!』でも同じ体験をしました。練り込まれた脚本の上を、役者さんが全速力で走り抜けて、徹頭徹尾バカをする喜劇です。カーテンコールで出てきた役者さん達が、そこでもまたバカな踊りをするもんだから、また泣けてきます。

折り合いなんてつけなくて良かったじゃないか。

一緒に観に行った後輩からすると、たまったもんじゃありません。コメディーを観終わった先輩が、隣の席でビービー泣いて、立ち上がれなくなっているのですから。テレビの世界から軸足を抜くことを決めたのは、その日の帰り道。

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