監督賞は「エール」 志村けんさんの訃報を受け「戦争の場面の台本を書き直した」(吉田照幸D)

2021/02/24 18:00 配信

ドラマ

連続テレビ小説「エール」の演出チームがドラマアカデミー賞監督賞を受賞(C)NHK

感情をさらけ出したドラマ作り…「鬼滅の刃」に号泣も

――主演の窪田正孝さんはどういう俳優さんだと思われましたか。

窪田さんは俳優として誠実な人。感情に嘘がつけないタイプで、「カメラの都合でここに立ってこうして」と細かい指示をすると、がんじがらめになってしまう。僕はカメラの角度などは気にしないので、そういう意味でも合っていました。

印象深いのは、前半、裕一が音楽の道を絶たれて部屋で泣くシーン、僕は演技を止めず15分くらいカメラを回しっぱなしにしたんです。その間、彼は涙を流しながら「悲しい」「悔しい」「我慢しよう」「前向きになろうとしたけれどダメだ」というように、あらゆる感情をずっと出し続けたんですよね。それを見ていて、すごいなと思ってカットかけなかったんです。すると、窪田くんから「この現場はこういうことですね」(納得するまで演じていいんですねという意味)とうれしそうに言われました。

今回、窪田くんのピュアさが作品を支えてくれましたが、彼が達成した一番大きなことは、裕一の天才ゆえの繊細さや無邪気さを成立させたこと。これは簡単なようで、かなり難しかったと思います。

――最終回、音に死が近づき、裕一と手を取り合って故郷・豊橋の海岸へ行くと、二人とも結婚した頃の若い姿になっているという幻想的なラストシーンも印象的でした。

エール」が放送された8カ月というのは、コロナ禍があり、見てくれた人たちが自分の人生を振り返るきっかけになった事態だと思うんですよね。だからこそ、このドラマを自分のことのように見てほしいと思い、最後は裕一と音が一番印象的だった若いときの姿で終わらせました。見た人に「何に感動したのか分からないけれど、あの終わり方はよかった」とよく言われまして、それはうれしかったですね。

――このドラマで描きたかったことをひと言で言うと何になりますか?

ひと言で言えば「夫婦の絆」になるんですが、多くの夫婦がお互いに向き合っている中、古関夫婦は同じ方を向いて歩んでいるんですよね。まず、音のモデルの古関金子さんは歌唱力があったのに、音楽の道を途中で止めたのはなぜだろうと考えるところから、夫婦の物語が始まったと思います。

ドラマでは、二人の間には常に音楽があり、裕一は音に「君がいなかったら、僕の音楽は生まれなかった」と言う。「愛していた」とか「幸せだった」じゃないんですよ。常識的にはこうだという夫婦の形はあるけれど、それに自分を当てはめようとすると苦しくなってしまう。裕一と音は結婚して早い時期に自分たちにとって幸せな形を見つけていたのだと思います。それでも音は裕一ほど才能がないことに苦しんで…。そういった複雑な夫婦の感情は、長いドラマだから描けたことでした。

――吉田監督にとって「エール」はどんな作品になりましたか?

作っていた期間がこれだけ長いと、やはり愛情が深くなります。放送が終わると、「明日からもう裕一と音、みんながいないんだな」と思ってさびしくなりました。

僕は普段あまり素直じゃなく斜(はす)に構えているタイプなんですけど、このドラマでは自分の感情をさらけ出して作ったので、ある意味、素直になったというか解脱しました。感情が豊かにというか涙もろくなりましたね。映画「鬼滅の刃」を見に行って大泣きし、近くの席にいた5歳ぐらいの子に引かれたぐらいですから。「エール」の世界との別れが惜しかったことが、煉獄さんの姿に重なって見えて、心の底から涙を流しちゃいました(笑)。

次は2022年の大河ドラマ「鎌倉殿の13人」(NHK総合ほか)に取り掛かりますので、またこの賞をいただけるように頑張ります。
(取材・文=小田慶子)