杉咲花の芸歴は長く、子役として、本役の幼少時などを演じた後(のち)、中学生のときに改めて芸能事務所に所属し本格的に俳優活動をはじめた。
2013年、湊かなえ原作のドラマ「夜行観覧車」で鈴木京香の娘役で注目され、2015年、映画「トイレのピエタ」の孤独なヒロイン、2016年、朝ドラ「とと姉ちゃん」のヒロイン常子(高畑充希)の妹役、同年、映画「湯を沸かすほどの熱い愛」では宮沢りえの娘役と次々に重要な役を任されていった。
杉咲花の特性はメリハリの効いた動きと、澄んだ声。そしてなんといっても小柄(153cm)な体から想像のつかないほどの太い火柱を燃え上がらせるエネルギー。前述の「夜行観覧車」も「トイレのピエタ」も「湯を沸かすほどの熱い愛」もいろいろ苦しみを抱え込んでそれを爆発させる姿が圧倒的だった。
だからこそ、「おちょやん」で千代という貧困に苦しみ、家族から離れたったひとりで道頓堀や京都で俳優として身を立てるような“ど根性”のある人間を演じることができたのだろう。
苦労して苦労してようやく見つけた幸せは夫の浮気で崩壊し、長年夫を信じて尽くしてきたことを裏切られた悔しさを抱えてなおも生きていく強さも杉咲だから嘘がなく見えた。彼女の童顔や澄んだ声によってそのヘヴィな境遇が幾分緩和もされた。媚びずにきりっと背筋を真っ直ぐに伸ばした杉咲花の千代はハードボイルドだった。
余談ではあるが、杉咲花は「おちょやん」のクランクイン前に初舞台を踏む予定だったが、残念なことに、コロナ禍による緊急事態宣言で公演が中止になってしまった。
本来なら、舞台を経験した上で、舞台女優・千代の役を演じる絶好のタイミングが失われたことは惜しまれるが、大竹しのぶ、宮沢りえ、黒木華など舞台経験豊富な先輩俳優たちと共に稽古したことは千代を演じるうえで大いに役立ったことであろう。
いつか上演してほしいと思うその作品はチェーホフの「桜の園」という。この作品、「おちょやん」とも少し関係がある。
千代の夫・一平のモデルであろう渋谷天外は「桜の園」を喜劇としてやりたいと長年思い続けていたのだ。だが残念ながら実現しないまま亡くなった。
とすると、幻になった杉咲花の初舞台はまるで渋谷天外のかなわなかった夢のようではないか。千代が演劇と出会い、演劇に救われて、人生と芝居を重ねながら生きていく物語「おちょやん」と不思議に重なるエピソードである。
<NHKオンデマンドでは「おちょやん」全エピソードが視聴可能。また、5月17日(月)からは清原果耶がヒロインを演じる連続テレビ小説「おかえりモネ」がスタート>
この記事の関連情報はこちら(WEBサイト ザテレビジョン)