――役作りはどのようにされましたか?
船場に関する映画は何本か見ました。(市川)雷蔵さんの「ぼんち」(1960年)とか。それから、日本の名だたる医薬品メーカーが軒を連ねる道修町(どしょうまち)に実際に行って触発されたことが大きいですね。
――そこから役を作り上げられたんですね。
船場言葉も大きいですね。「~しとくなはれ」とか、今の大阪の方はあんまり使わないらしくて。大阪出身の俳優も駄目出しされちゃう(笑)。古来からある商人言葉って、どうやら近江商人からきていたり、お客さんも京都の方々を相手にしていたせいか、京都っぽいニュアンスもあるんですよね。とにかく微妙で難しい。関西のラジオを聴いたりして、とにかく関西のフィーリングに慣れようと必死でした。そこは苦労した点でもあり、役の助けになった部分でもありますね。
――出来上がった作品をご覧になっていかがでしたか?
明治から始まって、大正、昭和の3時代をまたがっているので、台本を読んでいる時点で“詰め込み過ぎだよ”って思ったくらいぜいたくなお話です。そこを見事に編集されていたなと僕自身も見てびっくりしました。自分でも感動したシーンがいくつかありますね。スタッフさんの頑張りにも注目してほしいところですね。
――どんなところに感動されましたか?
厳しい時代にどれだけ踏ん張れるかというスピリットに、男なら“こうありたいもんだな”と思いましたね。国が一番厳しいときに夢を見失わず頑張るっていう土性骨(ど根性)がすごい! 女性は女性目線で見られると思うんですよね。この作品は女性の脚本家が書いているんです。だから、萬治郎がサト(檀れい)への愛情を原動力に突き動く、“奥さんラブ”で書かれているところもいい感じじゃないかなと思います。
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