第104回ザテレビジョンドラマアカデミー賞監督賞を受賞したのは、「テセウスの船」(TBS系)の演出を担当した石井康晴氏、松木彩氏、山室大輔氏。「タイムスリップとミステリーの掛け算が成功」「ミスリード満載で視聴者を翻弄した」と計算された演出プランを評価された。代表してチーフディレクターである石井氏に話を聞いた。
――「テセウスの船」チームが監督賞に選ばれました。受賞の感想を聞かせてください。
とてもうれしいです。スタッフは吹雪の中などハードな環境で頑張ってくれたので、僕たちが代表してご褒美をもらったような気持ちです。このドラマがこれだけの反響をいただいたのは、主演俳優である竹内涼真の力が大きかったと思います。彼の持っている熱量が視聴者の皆さんをひきつけ、それに鈴木亮平さんがうまく反応し、周囲の俳優さんたちも大いに助けてくれました。
――主人公の田村心を演じた竹内さんの魅力はどんなところにあるでしょうか。
彼の中からほとばしり出てくるものがすごくあるので、現場では、そのまま演じてもらうか、または「ここはもっとコントロールしていい」と話し合いながら演出していました。TBSの先輩である貴島誠一郎プロデューサーがおっしゃるには「やっぱり(俳優の)熱って伝わるよね」と。その熱っぽさが竹内さんの最大の魅力で、僕らはフレームを通してそれを見せていっただけ。あそこまでストレートに全力で演じる俳優はなかなかいないので、それが世の中を動かしたのだと思います。
――心の父、佐野文吾を演じた鈴木亮平さんはいかがでしたか?
鈴木さんと組んだのは「黒の女教師」(2012年TBS系)以来。榮倉奈々さんが主演のドラマでした。今回はとにかく彼に助けてもらったという感謝しかないです。初主演の竹内くんをサポートしてくれ、演出の意図をすごくよく汲み取ってくれました。その上で、芝居でも常にクオリティが高いものを見せてくれる。「黒の女教師」の頃とはもう全然違っていて、すごい領域に足を踏み入れている感じがしました。移動中の車内でも、声を出しながらセリフを覚えていて、そのストイックさも印象的でしたね。
――みきおの子供時代を演じた柴崎楓雅さんがザテレビジョン特別賞を受賞しました。
みきお役はオーディションでしたが、楓雅くんには光るものがありました。目の奥に暗い影が感じられる子役ってなかなかいないんですよ。彼にはそれがあったので、この役にぴったりでした。現場で演出し「このみきおは評判になるだろう」という手応えがあったので、皆さんに反響をいただいたのも納得。期待通り、やってくれましたね。
――他のキャストの演技で印象に残ったのはどの場面でしょうか。
皆さんすごかったですが、心を揺さぶられたのは第4話、由紀役の上野樹里さん。被害者の会でステージに駆け上がり「事件の新証言を」と演説する場面は、ほぼ、ぶっ通しで撮りました。すると、上野さんがすごくライブ感のある芝居をしてくれたんですよ。さすがだなと思いました。また、和子役の榮倉さんも優しいけれど強さを併せ持つ母親を見事に演じてくれました。ご自身も結婚されお母さんになって演技に深みが増したというか、違うフェーズに入ったなという感じがしました。
――最後まで真犯人のひとりが分からないなど、謎解き面の演出はどのように工夫しましたか?
第1話では鈴木さんに「犯人に見えるよう演じてほしい」とお願いし、本当は文吾は無実なわけですが、その時点で犯人のような表情を作るにはどうしたらいいかという話をしながら仕上げていきました。その後は、登場人物全員が犯人と疑われてもいいドラマだと思っていたので、映像の切り取り方などでも怪しく見えるように工夫しました。
正志役のせいや(霜降り明星)さんの登場場面もそうですね。せいやさんは初めてドラマに出て、ご本人が一番不安だったと思いますが、相当気合いが入っていて、まったく心配ありませんでした。彼はこれで(俳優としての手応えを)つかんだんじゃないですかね。でも、さすがにネットで“(佐野家の長女)鈴犯人説”があると聞いたときは、「皆さん、そこまで深読みしてくれるんだ」と驚きました(笑)。
――一面の雪景色など、スケール感のある映像も印象的でした。
第1話で崖に落ちた文吾を心が引っ張り上げるシーンは、崖に二人がいる部分だけ緑山スタジオのオープンセットで撮りました。その映像にいろんなものを合成し、一番広い画は新潟県の雪山で、崖下の谷底には岩手県の映像をミックスしました。とにかくVFX担当のスタッフがよく頑張ってくれましたね。
原作コミックの舞台が北海道なので、雪のイメージは大切にしたかったのですが、新潟県でロケをしていたときは寒さのあまりカメラが壊れてしまい、急遽、新幹線で取り寄せたこともありました。他のロケ地で雪が必要な場面は、グレイ美術という会社に地面を白い布で覆ってもらうなど、雪に見えるよう工夫してもらいました。
――連続殺人が起こる中、佐野家の場面は温かいムードで癒やされました。
そこは強く意識していました。全体としては息が詰まってしまうような展開が多いので、佐野家のシーンは家族の団らんをじっくり描こうと…。そこを温かい気持ちで見てもらえると、終盤、佐野家がピンチになってくるところで、いっそう気持ちを入れてもらえる。そのために徹底的に明るく楽しく描きました。子役の二人は現場が好きで、鈴木さん、榮倉さんはもちろん、竹内くんも元々子供好きですからご飯を一緒に食べていましたし、劇中のとおり、みんなの仲は良かったですね。
――改めて振り返ると、「テセウスの船」はどんな作品でしたか。
このドラマを共に演出した松木D、山室Dはよく組んでいる後輩で、やりたいことは通じると思い、安心して任せていました。二人をはじめスタッフは、大変な環境での撮影が多く、たぶん弱音を吐きたくなる瞬間もあったと思うけれど、乗り越えてくれました。すばらしいキャストの皆さんにはもう感謝しかありません。改めて「テセウスの船」チームに、ありがとうと言いたいですね。
取材・文=小田慶子
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