ザテレビジョンがおくるドラマアカデミー賞は、国内の地上波連続ドラマを読者、審査員、TV記者の投票によって部門別にNo.1を決定する特集です。

最優秀作品賞から、主演・助演男女優賞、ドラマソング賞までさまざまな観点からドラマを表彰します。

第121回ザテレビジョンドラマアカデミー賞主演女優賞 受賞インタビュー

撮影=阿部岳人

伊藤沙莉

寅子として生きたことは自分の中に深く刻み込まれています

「虎に翼」の猪爪(佐田)寅子役で主演女優賞を初受賞しました。感想を教えて下さい。

ありがとうございます。これまで、SNSなどで他の方の「主演女優賞を受賞しました!」というお知らせを見ていましたが、まさか自分がこの賞を頂けるとは思っていなかったので、驚きましたし、とってもうれしかったです。

撮影は2023年の9月から1年間あったということですが、今振り返っていかがですか?

本当に作品として面白かったなぁということを実感していますね。吉田恵里香さんの脚本は「こういうことを描きたい」という意図がはっきりしていて、さらに面白いものでしたし、監督たちのアイデアも素晴らしく、共演者の皆さん、スタッフの皆さんたちと力を合わせて作ったという誇りが持てました。そして、何より、1年間、寅子として生きたという事実は、自分の中に深く刻み込まれています。


今でも伊藤さんの中に寅子がいるという感じでしょうか

自分と全く同一じゃないですけど、大切な存在で、ずっとどこかにはいてほしいなと思います。


寅子役の演技について「朝ドラにありがちなドジっ子ではなく、引っ張っていくタイプの主人公がハマって、成長を見届けたいと思わせた」という意見も寄せられています。伊藤さんは寅子の人生をどう見ていましたか。

最初から振り返ると、女学生時代の猪爪寅子は世間知らずで、男尊女卑が当たり前の世界で自分の思うところがあり、結婚についてなど、いろんなことを考えていました。その後、大学の法学部に入り、女子部の同級生など、怒りとか悲しみを抱えた人たちと出会うことで、どんどん自分の中の意識とか世間の見え方が変わっていった。法曹界にいることで、いろんなことを知っていった人生ですよね。

寅子は、知ることに対して、躊躇(ちゅうちょ)しないというか、迷いがないというか…。そこが“トラちゃん”の良さであり、大人になるにつれて彼女を形成した大切な一つの軸だったんじゃないかなと思いました。


寅子が納得できないときに言う「はて?」が印象的で、審査員からは「はて?のバリエーションも含め、細やかに真摯に演じていた」という評価も受けています。

最初に台本を読んだときは、「はて?」ってどんなテンションで言えばいいんだろうと、結構悩んで、現場でも試行錯誤しました。特に、ふわっと人に声をかけるような「はて?」は言い方が難しいなと思っていたとき、チーフ演出の椰川善郎さんが「これは自分に問う『はて?』でいい」と助言をしてくれました。

そもそも台本の段階で「はて?」の意味合いが毎回違うんです。それを解釈し、たった2文字をどう言うかというのを楽しみにしていました。面白いのは、寅子が大人になるにつれ「はて?」の回数が減っていったんですよ。それは彼女が戦わなくなったわけではなく、物事を整理できるようになったという一つの成長。ただ、心の中には「はて?」を持ち続けているというストーリーが、すごく好きでした。


今でも「はて?」と言ってしまうなんてことはありますか。

よくあります(笑)。何かに引っかかったとき、「え、それは『はて?』だよ」と。「それは『はて』すぎない?」と活用もしたりして…。

「はぁ?」はちょっと強いけれど、「はて?」だと柔らかくなるから、そこは脚本の吉田さんがうまく考えてくださったなと思いますね。きつくないというか、声に出すとちょっと、とぼけた感じ。だから使いやすいけれど、私が「はて?」と言うと、相手に「ああ(あの朝ドラのセリフね)」って言われるから、ちょっと言いづらいです(笑)。


寅子は最初に結婚した佐田優三(仲野太賀)に死なれ、同僚の裁判官・星航一(岡田将生)と事実婚をしましたが、それぞれの結婚をどう思いましたか。

優三さんとの結婚は、優未という子どもができて、これからが一番いいときに終わっちゃった感じでしたね。寅子はあまりに鈍感過ぎて、優三さんの気持ちに気づくのが遅かったので、その分後悔が残ったのかなと…。やり遂げられなかったことが多過ぎるけれど、優三さんが「生きたいように生きてほしい」と言ってくれた気持ちが、寅子の一番の軸になったので、優三さんが残していったものは大きく、最後まで消えなかったと思います。


寅子と航一のロマンスは、視聴者の胸をときめかせました。

最初の結婚が成り行きだったので、航一さんとの関係は、まるで初恋のようでしたね。航一さんに出会い、「この人、苦手」みたいな印象から、彼の生き方を知って距離が縮まっていく。落ち着くなぁ、ざわざわするなぁ、この気持ちはなんだろうというグラデーションがあって、その過程の中で紡がれていったものがあり、航一さんの弱さに触れて、自分の弱さもあって、それを補い合った感じ。結ばれる直前に航一さんが言ってくれた「だらしがない愛でいい」というのは素敵な告白だなと…。ディープですけど、すごくピュアでした。


航一とのパートナーシップは最終回まで描かれましたね。

寅子の心の動きを一番敏感に察知してくれる航一さんの存在は、絶対的に必要でしたね。寅子には花江ちゃん(森田望智)、よねさん(土居志央梨)たち女子部の同級生など、たくさん味方がいるけれど、航一さんと優三さんは一番近いところにいる最高の味方で、2人の存在が心強かったです。

撮影後半は、航一役の岡田さんが「ここのセリフ、どう言おうか?」など声をかけて気遣ってくださって、本当に助かりましたし、金曜の夜に1週間の撮影が終わったら、スタジオの前室で「お疲れ様でした」とみんなで一緒に飲み物を飲みながら話せたのも楽しかったです。


裁判官になった寅子を通して、さまざまな社会問題、法律の問題が描かれましたが、投票した読者からは「難しい題材を面白く見せてくれた」「今にも通じるテーマで、考えさせられた」と好評でした。伊藤さん自身も、そこを魅力に感じていましたか?

そうですね。一人のかっこいい女性をモチーフにし、実際にあった事件をベースにしつつ、あくまでフィクションとして、「こんなことがあったかもね」と脚色して描いたお話なので、そこにはいろんなご意見があったと思います。ただ、まず社会問題に対して「みんなが何かを思う」ということがすごく大切で、皆さんが考えるきっかけになったというのは、私たちが作品に込めた思いを受け取ってもらえたのかなと思えて、すごくうれしいです。


最終週まで娘が父親を殺した尊属殺人の裁判や、少年犯罪のひとつである美佐江(片岡凜)とその娘の問題が描かれ、果敢に社会問題を描いていました。この問題を表現するのは難しいなと思ったテーマはありましたか。

やっぱり「原爆裁判」ですね。分かりやすく、刑事事件で犯人がいて…という問題ではないし、寅子は裁判官として中立の立場でいなくてはいけない。それを表現すること自体が難しくて…。

原爆投下で被害を受けた方の訴状で事実を聞いているだけでも心が折れそうになるけれど、目を背けてはいけないし、一方、訴えられた国側の代理人その人が何か悪いことをしたわけではない。いろんな人が複雑な感情を抱く中で、寅子が裁判官席にいる意味を考える必要がありました。勉強になったと同時に、何かやるせない気持ちになって、すごく難しかったです。


原爆裁判の場面、台本では寅子が判決を読み上げるシーンもあったけれど、汐見裁判長(平埜生成)一人だけで長い判決文を読むという変更があったそうですね。

先に平埜さんを撮影していて、スピーチが上手過ぎるし、あまりに感動したので、私からも「ここは絶対、汐見裁判長一人の方がいいでしょう」と言いました。「これはこの人のこの声、温かさや強さで言わないと」と思ったので、「私、黙ってます」と…。もう、ここは平埜くん、あっぱれ!という感じでした。


最終回(第130話)は、いきなり寅子が亡くなった後の物語となりましたが、納得のいくラストでしたか。

完璧だったと思います。寅子があの時点で亡くなっていたことは大正解だったんじゃないかな。娘の優未に話しかけてもいないものとして扱われるから、やっぱり寂しいものだなとは思ったけれど(笑)。

亡くなっているからこそ、回想シーンでお母さん(石田ゆり子)に「どう?地獄の道は」と聞かれて「最高!です!」と答えるところが効いたと思います。本当に、寅子は人生を走り切ったという感慨もありました。彼女が成したことが現在につながっていく様子も描かれていたし、すごく素敵なラストでした。


伊藤さんが「虎に翼」で得たものはなんですか?

何かひとつでも欠けたら、皆さんが見てくれたこの作品にはならなかった。台本が面白いだけでもダメだし、演出、芝居、何かを間違えたらおかしくなるかもしれなかった…。そんな中、一人一人がプロに徹し、作品を愛して良くしようとしている現場がすごく幸せでした。今後も、たとえ主演という立場ではない場合でも、そういう現場作りをやっていきたいなと改めて思いますね。私なりに現場を盛り上げていきたいです。

(取材・文=小田慶子)
虎に翼

虎に翼

伊藤沙莉主演で、日本初の女性弁護士で後に裁判官となった一人の女性を描く。昭和のはじめ、日本初の女性専門に法律を教える学校ができ、寅子(伊藤)らは自らの道を切り開くため法律を学んでいく。しかし、昭和13(1938)年、卒業し弁護士として世に出た彼女たちを待ち受けていたのは戦争に向かう日本だった。

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