青春のリアルを描き出す“湿っぽさ”
「Free!」シリーズがブレずに描き続けてきた「つながり」。これは、スポーツを題材とした青春作品ではよく見かける要素でもある。ただ本シリーズにおいてこの「つながり」は、青春の爽やかさとはかけ離れた“湿っぽさ”として表出することも少なくない。この湿っぽさこそが、彼らの青春をより等身大なものにしていると感じる。
たとえば、本当はまた最高のチームでリレーを泳ぎたかったという気持ちに気づく1期の凛。そこに至るまでに彼は、遙に挑戦的な態度をとったり、岩鳶高校のリレー予選を見て心をかき乱され本来の泳ぎができなくなったり、後輩に当たり散らしたりと、散々な言動を見せている。それだけ彼の中で遙、真琴、渚と泳いだ経験が特別なものだと理解はできるが、いささか幼さを覚えなくもない。
また3期「-Dive to the Future-」では、中学時代に遙と真琴とリレーチームを組んでいた桐嶋郁弥の、こじれにこじれた感情が爆発している。中学時代の郁弥は、憧れていた兄・夏也の「仲間と泳ぐ楽しさを知ってほしい」という優しさを、突き放されたと思い込み、結果周囲と距離を取っていた。そんな彼が兄から卒業するきっかけとなったのが、遙たち仲間と一緒に泳いだ時間だった。くわえて彼は、遙自身に強い憧れを抱いている。そのため、凛とのすれ違いから部を退部した遙に裏切られたような気持ちを強くし、大学生で再会した際には心を閉ざしてしまっていた。種目も、自分1人で強くなればいいという決意から個人メドレーへと転向している。
これらの展開が示すのは、凛や郁弥が自分の中に「なぜ泳ぐのか」という問いに対する答えを見つけられていないということ。「遙に勝つ」「遙みたいに泳ぐ」と遙の泳ぎに魅せられすぎたあまり、泳ぐ理由が自分の外に存在してしまっている。そのため遙や仲間たちとの関係が揺らぐだけで、泳ぐ目的を見失ったり、悪い影響が出たりしてしまうのだ。
また周囲から憧れられる遙もまた、作中で心を大きくかき乱されるキャラクターのひとりだ。2期では進路というプレッシャーに押しつぶされそうになり、大事な大会の競技中に泳ぐのをやめてしまっている。真琴から進路のことを尋ねられた際も、その話を勝手に終わらせようとした。
彼らは同世代の中では間違いなく強い選手だ。しかし向き合うべきことから目を背けようと必死にもがくなど、不安定で未熟な一面をいくつも持っている。この、“まだ一流とは言えない”、“身近にいてもおかしくない”繊細な若者らしさや、きれいごとだけではない湿っぽい感情の表出が、彼らの青春をよりリアルに見せてくれるのだと思う。
「遙たちなら大丈夫」という信頼感
周囲との関係の中で自分の中に眠っていた泳ぐ理由を見つけ、強さをより強固なものへと磨き上げていく若者たちの成長を描いた「Free!」シリーズ。ときに、観ているこちらももどかしさを感じるほどの “湿っぽさ”が見受けられるものの、そこすらも愛おしいと思わせる力を持っている。なによりその葛藤を吹き飛ばす過程が、丁寧に描かれ続けてきた。
だからこそファンも、彼らのつながり、絆を信じられたのだろう。「彼らなら大丈夫」と信じさせてくれるキャラクターたちの個性と関係性が、シリーズが幕を閉じた今も愛され続けている理由だと思う。
■文=クリス菜緒
ポニーキャニオン
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