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【連載】恋愛に終止符を打つことができるのか/三浦瑠麗氏連載「男と女のあいだ」#10 恋愛とその先

2024/12/04 18:00

必要とされたい女、母性を求める男


たしかに、若い頃の男性の情動には気持ちというよりも身体的な欲動が先立つだろうから、自己規律を課すことには理由がないではない。ただ、男女に生物としての違いは残るとしても、両性が対等になった時代にこの教訓が似つかわしいとも思われない。あるいは、両者の綱引きのバランスは変わってきているというべきだろう。養われているわけでも庇護されているわけでもないのに、利己的な男性と付き合い続ける意味が女性にはないからだ。女が軽んじられたと思えば、関係は持続不可能である。
その時は突然にやってくる。懸命に繋がろうとして連絡し、心を込めて感情を事細かに表現し、彼への愛情を示し続けた後に、どんなきっかけでもいい、その人なしでやっていけるということに女性が気づいてしまえば。その途端に関係性は変わってしまう。女性は己の執着に気づく。愛していたと思ったものが、眠りを繰り返すことで脳内の記憶として定着し馴染ませていった、瞼(まぶた)の裏の残像に過ぎなかったことに漸(ようや)く気が付くのである。

女の献身は、「お前はこうであらねばならない」と繰り返し囁き続ける波の音に女性が耳を傾け、それをずっと聴いているのに似ている。自分と男とのあいだに存在する深い溝を見ずに目を瞑り、ずっと波打ち際を歩いていこうとする。女が会話しているのは、果たしてその人とだろうか、それとも自己との対話だったのだろうか。ふと気づくと男はいなくなっている。波だけが囁き続けている。実像としての男は、さざ波の音を聴きながら瞼の裏に結ばれたイメージとは異なる。
女は立ち止まる。そして辺りを見渡す。こうして独りで風になぶられる松林のざわめきを、早起き鳥の鳴き声を聴いている方が本当なのではないか、ということに気が付く。そこではじめて、女はひとりになる時間が、空間が重要であることに気づくのである。

男性的な言葉を選んで言えば、瞼の裏に結ばれた像は「解釈」である。世の中に対する解釈の一環として、恋人をある存在として「解釈」している。例えば、男性が定義する「最愛の妻」「魅惑的な恋人」というものは、解釈であって女性本人のことではない。同様に、女性にとっての解釈である「私の愛する人」というのも、男性本人のことではなかったのだろう。
わたしたちは複雑な生命体であり、外界からの干渉によって日々変化する生き物である。中でも脳内に蓄積された記憶は、事実の詰め合わせというより解釈の堆積(たいせき)としてわたしたち自身を形作っている。
だから、人間は変わるのだ。こうであらんとして思い定めつづけることで、その人格すら衣服ではなく肌のようになることがある。風貌も変わっていく。時折、20代のころの自分の写真を見ると、これはわたしではないという思いに取りつかれる。勿論わたしだったのだろうけれど、どこか人形の絵姿を見ているようで、よく知らないひと、という感覚である。漸く、40代半ばにして己を血肉として手にした気がするのは、成熟だけでなくその折々の自分というものがあるからだろう。

恋がはじめの性急さを失い、穏やかな関係へと変遷したころに、わたしたちは記憶と現実との齟齬(そご)に悩み始める。多くの女性は、男性と近しい関係となることで愛着が増し、情愛に発展するので、相手が落ち着くと、心身ともに自分が持ち出しになっているのではないかという不安に襲われがちだ。たしかに、男性は初期の興奮が落ち着くと相手に対する観察と関心が低下し、楽観的で落ち着いた関係を求めがちになる。
だが、そのときに彼女が目を背けているのは、自らも恋の終わりを迎えたという事実に他ならない。恋はつづく必要はない。終わってよいのである。むしろ、それを認め、パートナーに移行するならば、感謝や思いやり、あるいは普段の何気ない良き体験によって、すでに過去のものとなった記憶を補強し続けることが必要だ。



恋の終わりに落ち着いて向き合うことが出来れば、愛情によって互いを思いやる関係を育むことはできる。そうでなければ、ほとんどの言動には意味などないのに意味づけを見出し、相手に何やかやと世話を焼き、いつしか手応えの乏しい相手の見せるひとつひとつの反応とその解釈に依存する精神生活を送るようになってしまう。若い頃の恋愛などはこの手の展開を辿りがちだ。「付き合う」という選択を両者がしている時点では、様々な点に関して相互諒解が成り立っていないのに、急にまるで伴侶のように振舞うため、齟齬や矛盾が生じることになる。
さらに、女性が「愛される者」として以外の自己表現を求めるようになると、男女が連れ添うことはまた別種の試練を伴うようになる。愛されるためだけにする努力が自然と減り、しかし、愛されることへの欲望は底に埋(うず)めたまま消えずに残る。「あなたの理想の女になりたい」と「ありのままの私を愛し尊重せよ」のあいだには懸隔(けんかく)があるが、その両者をいとも簡単に架橋してしまうのが「私は必要とされている」という認識である。

「必要とされること」を女はなかなか手放そうとはしない。本来、他者に必要とされることの喜びや生きがいは男女を問わないのだが、女の場合はそれが他者の外部視点の内面化と自己表現とを繋げるものとして使われるために、より複雑になる。
あなたはわたしを必要としているはず――既視感のある表現だ。そう、これは母性が子どもの段階的な自立によって試練を受けるとき、大多数の母親が味わう気持ちに他ならない。多くの母親は、そのような気持ちを抑圧して子どもの自立とともに関係性を遷移させた愛へと転換していこうとする。「あなたが立派に巣立ち、元気に活躍していることが私の喜びである」という風に。

ところが、血を分けた子どもに対する愛と異なり、男に対する愛はその人を愛することに必然性がない。母性愛は対象がそもそも選択的であるところにその特徴があり、相手が当然に愛し護るべき存在であると認識されない限り持続しない。だから、伴侶に愛され続けている、あるいは必要とされ感謝によって報いられていると感じられない限り、関係に満足することは難しい。
しかし、そのような本来選択的に発揮される母性と、女性特有の対人関係の柔軟性や機敏な反応、気遣いとを、多くの男性はなぜか混同し、取り違えてしまう。恋愛や結婚においてひどく相手を傷つけた時、あるいは強引に取り結んだ性的関係において、許してもらえる一線を踏み越えてしまったことになかなか気づかないのは、それゆえだろう。「自分が特別である」という主観と、「相手にとっても特別な存在である」という客観を峻別(しゅんべつ)できないのである。

多くの男性は周りの女性、あるいは一度も会ったことのない女性まで含めて、手当たり次第に女に母性を求めるのだが、それは女性からみると永遠の謎のようである。
母性は自身の母親から与えられるもの。幼児であったころのその人が嘗て母にしたように無条件で相手を愛することもなく、自然に他者から得られるはずがない。しかし、受容によってもたらされる心地良さ、という男性側の感覚が同一であるがために、その違いを峻別できず、つい判断を誤ってしまう。
それゆえに、母性の存在仮説によるバイアスが、ありとあらゆる女の仕草、メッセージの読み込みに付き纏うのである。女が与える親切には理由がある、つまり自分が彼女に受容されているからだ、と男性がすぐに思ってしまうのは、利他の視点がないからである。自己を中心におくものの見方からは、利他的な言動に出逢っても、「己の意思が通った」としてしか目の前の事象を理解しないのだから。

物事をさらに複雑にしているのは、女性の側にも他者を魅了しようとする傾向が少なからずあるからだ。すべての女性がそうする、と言いたいわけではない。「女性性」の中に、もともとそういう素質が含みこまれているという表現の方が正確だろう。他者に望まれることへの欲望、それによって命を輝かせたいと思うような衝動があれば、その素質が形成されやすくなる。

軽井沢で撮影した、散り敷くもみじ葉
軽井沢で撮影した、散り敷くもみじ葉本人提供写真
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三浦瑠麗
1980年、神奈川県茅ヶ崎生まれ。山猫総合研究所代表。東京大学農学部卒業後、同公共政策大学院及び同大学院法学政治学研究科修了。博士(法学)。東京大学政策ビジョン研究センター講師などを経て現職。主著に『シビリアンの戦争』『21世紀の戦争と平和』『孤独の意味も、女であることの味わいも』などがある。2017(平成29)年、正論新風賞受賞。

X(旧Twitter):https://x.com/lullymiura
Instagram:https://www.instagram.com/lullymiura

三浦瑠麗エッセイ連載「男と女のあいだ」

画像一覧
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