吉岡里帆とは何者か?【てれびのスキマ】

2017/10/14 09:00 配信

芸能一般 コラム

今の時代、逆に新鮮味を帯びる“ガツガツ感”


一気に人気が出たように思われるが、じつは人一倍苦労人


いつの時代にも“文化系男子の女神”のような女優が存在する。

たとえば80年代でいえば、角川映画などに数多く出演した原田知世などがそうだろう。その後も、本上まなみや緒川たまきらが続き、近年でいえば、堀北真希蒼井優多部未華子らが、文化系男子の心を虜にしてきたが、昨年あたりから、ものすごい勢いでその枠に飛び込んできたのが吉岡里帆だ。

朝ドラ『あさが来た』(‘15~‘16年NHK総合ほか)では、主人公の友人でメガネっ娘の文学少女を演じ、『ゆとりですがなにか』(‘16年日本テレビ系)では、肉食女子を、そして、今年春放送された『カルテット』(TBS系)では、魔性の女を演じ、鮮烈な印象を与えた。さらに『ごめん、愛してる』(TBS系)では健気な正統派ヒロインを演じている。CMにも数多く出演し、中でも日清「どん兵衛」のCMで同じく今をときめく星野源と共演し、キツネ耳を着けキュートに「どんぎつね」役を演じた姿は大きな話題を呼んだ。役柄によってまったく印象が変わる“実力派”である。

文化系男子は「実力派」という言葉に弱い。それに加えて知的なイメージがあり、透明感もあるといい。その上で、どこか陰があると完璧だ。まさに吉岡里帆はそれに合致している。だが、これまでの文化系女優と大きく違うのは「ガツガツしている」ということだ。この手の女優が「ガツガツ感」を前面に押し出すことは少ないが彼女は違う。

もちろんそれは、『ゆとりですがなにか』で演じた肉食系女子のイメージだったり、『カルテット』での「人生、チョロかった!」と言って「アハハハ!」と高笑いするシーンの印象に引きづられているという部分もあるかもしれないが、それだけではないだろう。

たとえば彼女は一気に人気が出たように思われるが、人一倍苦労人だ。幼い頃から書道に没頭し8段の腕前。将来もその道に進むと漠然と自分でも思っていたし、親も期待していた。一方で京都の太秦という映画などの撮影が周りで当たり前に行われる環境で育ち、芸能の世界に憧れを持つようになっていた。

そんな頃、東山にあるお店でアルバイトをしている際に、人数が足りないからと駆り出されたエキストラの仕事が彼女の人生を大きく変えることになる。これは滝田洋二郎が監督した映画『天地明察』(‘12年)。ほんのわずかな出演ながら、エンドクレジットにもしっかり名前が載った。そして、一緒に出演し、たまたま隣にいたエキストラが映画監督志望だった。吉岡は誘われるまま、彼女たちの自主映画などに参加していく中で、演技にのめり込んでいったのだ。

そして吉岡は、東京の俳優養成所に通うこととなる。関西に住んでいるのだから大阪などに行けばいいものを、彼女はそれでは満足できなかった。交通費や授業料を稼ぐためバイトはカフェ、居酒屋、歯科助手など4つを掛け持ち。毎週のように深夜バスで通う。大学に通い、バイトに行って、深夜バスに乗り上京。朝早く東京に着くとネットカフェでシャワーを浴び、養成所に通う。そしてすぐにまた深夜バスで帰って、そのままバイトや大学に行くという毎日が5年も続いたという。

「行きのバスは希望でいっぱいで絶対にいいことがあるんだってすごく意気揚々なんですけど、帰りのバスはいっぱい反省して本当にこれでいいのか、自分は何か大きな間違いを犯してるんじゃないかって思いながら帰るから寝られなくて、ずーっとカーテンに首を入れて外を見てました」(『チカラウタ』日本テレビ系‘17月4月26日)

焦りや迷いで胸が張り裂けそうだった。それでも、闇夜に照らされている工場の光を見ながら、まだ働いている人がいる、自分はもっと頑張れると言い聞かせていた。金銭的な事情だけなら、新幹線に乗って行けないこともなかった。でも、それではハングリーさが失われると頑固に深夜バスにこだわった。

多くの仕事が舞い込んでくるようになってから、ようやく新幹線で移動するようになった。「仕事が加速すると見える景色がこんなに変わるんだ」と思ったという。

「人生、チョロかった!」とは真逆のストイックな日々を経て掴んだ役者の仕事なのだ。だからこそ、『ゆとりですがなにか』の最後の結婚式のシーンで、自分が呼ばれなかったことに対して、涙を流して抗議もしたりした。その「ガツガツ感」は、今の時代、新鮮だ。

文化系の知性と体育会的なガッツを持ち合わせた吉岡里帆。それが新時代の“文化系男子の女神”の姿なのだ。

(文・てれびのスキマ)



◆てれびのスキマ=本名:戸部田誠(とべた・まこと) 1978年生まれ。テレビっ子。ライター。著書に『1989年のテレビっ子』、『タモリ学』、『有吉弘行のツイッターのフォロワーはなぜ300万人もいるのか』、『コントに捧げた内村光良の怒り』など多数。雑誌「週刊SPA!」「TV Bros.」、WEBメディア「日刊サイゾー」「cakes」などでテレビに関する連載も多数。7月より「月刊ザテレビジョン」にて、人気・話題の芸能人について考察する新連載「芸能百花」がスタート