城島茂、若き日のキラキラ感に岡田結実驚き!オーディションなしのスーパールーキーだった
今時の視聴者が知らない疑問を本人に直接ぶつけて明らかにしていくバラエティー番組「1周回って知らない話」(日本テレビ系)。12月19日の放送では、TOKIOの城島茂が登場、アイドルデビューのキッカケやTOKIO誕生への道のりを振り返った。
現在48歳の城島は、ジャニーズ歴32年のベテランだが、城島の若い頃を知らない視聴者からは「そもそもなぜジャニーズに入ったのか?」「キラキラしたアイドル時代はあったのか?」という疑問が。
1970年、奈良生まれの城島は、吉本新喜劇とダジャレが好きな少年だった。中学3年生の冬、高校受験を目前にし、将来の目標が定まらず悩んでいた時、テレビに出ていた少年隊を観て衝撃を受け、「俺、ジャニーズでアイドルになる!」と決心した。
高校入学後、ジャニーズ事務所に履歴書を送ると、1か月後、なんとジャニー喜多川本人から自宅に直接電話があり、オーディションなしで一発合格。ちなみに、オーディションなしで合格したスーパールーキーは、他にKinKi Kidsの堂本剛、堂本光一、V6の森田剛、嵐の松本潤ら。
期待の大型新人である城島の初仕事は、人気ファッション誌「セブンティーン」のモデル。順調なアイドル生活のスタートに見えたが、その後1年半は仕事がなく、有り余った時間で、地元の同級生とバンドを組み、大好きなギターに明け暮れた。
高校卒業後、奈良から上京したが、初めてのダンスレッスンで、運動音痴というアイドルにとって致命的な欠陥が露見。そんな自分にやれることを考え「俺にはギターしかないんや!」と、ジャニーにバンドでデビューしたいと懇願したところ、「いいじゃない、やってみなさい」と言ってもらったという。
そこから、ジャニーズ内でバンド仲間を探し始めた城島。父親がドラム叩いていて、ちょっとやったことがあるという松岡昌宏、キーボードを少々弾けるという国分太一を「一緒にロックせえへんか?」とスカウト。そして、先輩のライブでサポートメンバーとしてタンバリンを担当していた長瀬智也を引き入れ、1994年、TOKIOがデビューしたという。
城島の若い頃のVTRを見た岡田結実(18)は「城島さんは、若いときはもっとキラキラしているんだなって」と驚いた様子だった。
次回の「1周回って知らない話」は、12月26日(水)夜7:00より放送。ゲストは福原愛、コシノジュンコを予定。