――デビュー10周年ということで、ご自身の芸能活動を振り返ってみていただけますか。
18、19歳くらいでデビューしたのですが、いきなり人気絶頂のミュージカル『テニスの王子様』で舞台に立たせていただいたので、最初はワケが分からなかったです…。
それでもファンの方が付いてくれたので、パニックになりながらガムシャラにやっていた記憶があります。
――いきなり横浜アリーナクラスですね(笑)。
実は中学3年生くらいで一度、今の事務所にスカウトされて演技レッスンにも参加してみたのですが、自分には無理だと思って普通の高校生に戻ったくらい、お芝居に苦手意識があったんです。
3年間、部活のバスケットボールに打ち込んでいました(笑)。それでもどこか憧れがあって、大学入学を機に思い切って芸能界に入ったのですが、やっぱり演技は意味が分からないし、舞台に立つとパニックだし、それでもお仕事は頂けるし…。
すごく楽しくて、勉強にもなりましたが、本当の意味でちゃんと分かってはいなかったと思います。
――どこでその意識が変わりましたか?
震災のあった21歳~22歳の時期に、ほさかようさんの「遠ざかるネバーランド」という舞台で、女の子の自殺を止める男の子を演じたときですね。
台本があるのに、心から「どうやったら(自殺を)止められるんだろう?」「このままだと彼女が死んでしまう!」という感覚になって…最後に「おいで」と彼女に手を伸ばしたときに手が本当に震えてしまって、怒られるかと思ったら「良かった」と言ってもらえて…。
お芝居にはこういうことがあるんだな、すごく苦しいものだなということを初めて知って、“自分じゃないものをやる”という不思議な感覚を楽しいと思い始めました。
――また新たなお芝居に目覚めたんですね。
はい。でもその充実感を得て「頑張りたい、もっとお芝居をしたい!」と思い始めたころはちょうどオーディションになかなか受からず(笑)。
役者に暇な時間はないと言いますが、やはり実践に勝るものはないので、少し葛藤がありましたね。でもこの気付きがなかったら、もっとワケの分からないままズルズルとやってしまっていた気がします。
――最初から、人気に甘えるという現象は起こらなかったんですね。
いやいや、常に怒られながらやっていましたから!(笑) みんなに「何でおまえなんかにファンがいるんだ」というふうに見られている意識がありましたね…。
もしかしたら、普通の高校生としてとして芸能界を見ていた経験が大きいのかもしれません(笑)。
――その後、転機と言えるものは訪れましたか?
鈴木京香さんと玉木宏さん主演の舞台「危険な関係」(2017年)もすごく大きかったです。僕は玉木さんの部下役だったんですが、芸能界の大先輩、演劇の大先輩に囲まれた現場で、演出家は外国の方。
いろいろな刺激がある中で、第一線の方々のオーラや存在感の違いにすごく衝撃を受けて…いろいろ観察させてもらっても、やっている稽古は一緒なんです。
一緒なんですけど、違う。人生を映像にさらされてきた方々の持つ力みたいなものをまざまざと感じました。この方々と並んでお芝居をしていくためにはどうしたらいいんだろうと、また考えることが増えました。
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