ザテレビジョンがおくるドラマアカデミー賞は、国内の地上波連続ドラマを読者、審査員、TV記者の投票によって部門別にNo.1を決定する特集です。

最優秀作品賞から、主演・助演男女優賞、ドラマソング賞までさまざまな観点からドラマを表彰します。

第119回ザテレビジョンドラマアカデミー賞脚本賞 受賞インタビュー

撮影=阿部岳人

宮藤官九郎

市郎が助かろうとするのは最初から選択肢になかった

中学校の教師・市郎(阿部サダヲ)が昭和61(1986)年から令和6(2024)年にタイムスリップする「不適切にもほどがある!」(TBS系)で脚本賞を受賞しました。審査員・記者からは「これまでになかった発想で現代社会に一石を投じ、さまざまなハラスメントを直接的に描いて倫理観を問いながらも笑えるドラマに仕上げた手腕」などを評価されました。

脚本賞はもちろん、作品賞など6部門を受賞できたのはうれしいです。ただ、僕としてはそんなに挑戦的な作品を書いたつもりはなく、これまでTBSの磯山晶P、金子文紀Dと一緒にドラマを作ってきたときと、あまり変わらない気持ちで書き始めました。だけど、台本を最初に読んだ人たちの感想は「痛快だ」「溜飲が下がった」というものが多く、第1話が放送されたときの反応もそうだったので、いつも通りにやったつもりだったけれど、いつも以上に皆さんにハマったのかなという気はしています。

「昭和の過激な発言や行動を笑いに昇華させながら、令和の問題点に切り込んだ」という意見も寄せられています。

皆さんがなんとなく日々感じている、そういうモヤモヤした気持ちは、今まであまりドラマで描かれていなかった。しかもコメディーとして描いたのが新しかったんですかね。だから、街を歩いていたりゴミを出しに行ったりしたときに、よく「楽しく見ています」と声をかけられ、その頻度で言うと、「あまちゃん」(2013年NHK総合ほか)と同じぐらいの反応がありました。きっと、こういうものを欲していた人が少なからずいたんですね。


賛否両論を巻き起こすだろうという懸念はありましたか。

第1話で言えば「チョメチョメしちゃう」「さかりのついたメスゴリラ」というようなセリフはまだ良い方で、もっと不適切な表現があったけど、厳しくチェックしていただきました。だから大丈夫と思ってましたが、むしろハラスメントやコンプライアンスといった現在進行形の問題をコメディーの俎上に乗せることに拒否反応を示す人が思いの外多かったですね。ましてミュージカル仕立てだし。だから「話し合いましょう」と呼びかけてみたんですけど、皆さん話し合うの、そんなに好きじゃないんですかね(笑)。


令和パートでは、企業のコンプライアンスや働き方改革、セクハラやパワハラなどを果敢に描いていました。

市郎のパーソナルな物語としては第5話がピークで、そこで自分がこの先どうなるということや娘・純子(河合優実)の運命が分かってしまう。その後どうするか。普通なら8話か9話でぶつかる問題を5話の時点で描いちゃったので、そこからの各話はSNSとか不倫とか謝罪とか、本当に令和ならではのテーマになっていった。その辺から「これ、ちゃんと見られそうだな」と急に意識して…。どうしたって純子の話があるから、ふざけていてもシリアスに見えちゃうんですよね。だからこそ、意地でもふざけたかったんですけど。


そこで、アニメや漫画などのタイムスリップものだと、死んでしまうヒロインをなんとかして助けるんだ!という展開になりがちです。しかし、このドラマでは未来を変えようとはしませんでした。

それは最初から選択肢になかったんですよね。

ファンタジーではなく、昭和61年から令和に至る間の大きい出来事として阪神大震災という現実に起こったことを設定したので、そこで市郎が自分だけ助かろうとするのは、娘のためとは言えどうなんだろうと思うし。別のドラマになっちゃいますよね。「まだ9年もある」ってセリフもありますが、限られた時間の中で何ができるかを描く方が、このドラマには合っているし、もし他の時代にタイムスリップしたとしても、そこは変わらない。


主人公が50歳で今の宮藤さんと同い年ぐらい。これまでの作品より、ご自分をダイレクトに反映した内容だったのでは?

自分の感覚だと、昭和のおっさんと令和の若者の、ちょうどその間にいる世代と思ってたんですが(笑)、どうもそうは見てもらえてないなあと。「昭和の頃は子供で、これが当たり前と思って生活していたけど、今考えたら変だよね」ということは記憶として分かっている。だからと言って、昭和を全否定して令和の常識に合わせることもできないし、思っていることを口に出せないムードって、やっぱり生きづらい。そういうことを日々考えていたからこの物語がすっと出てきたんでしょうね。

そんな今の時代に、違う価値観を持った市郎が昭和からやって来て、みんなが言えずにいることを言い、一刀両断するのが面白いんじゃないかと思ったけれど、それだけではなく、市郎が令和から昭和に戻ったときに、価値観が変わっているという展開にしたいと考えました。


脚本家のエモケン(池田成志)は昔、「池袋ウエストゲートパーク」(2000年TBS系)のようなカラーギャングの出てくるドラマを書いたという設定でした。

そのセリフは、自分以外の脚本家をディスってるみたいにしたくないので入れました。客観的に自分を見て。エモケンは誰か特定のモデルがいるわけではなく、脚本家の生態を描いたというか、プロデューサー、ディレクターも含め、ものを作る人たちの総合的な意識を入れたつもりです。みんな、エモケンのように取材が好きだし、チヤホヤされたいし、こういう仕事をするには承認欲求なかったらできないですもんね。そこは照れず、ごまかさずに書いたつもりです。


「大人計画」などで組んできた阿部サダヲさんが、このドラマで初めて主演男優賞を受賞しました。宮藤さんから見て阿部さんの演技はいかがでしたか。

うーん、本人を知っちゃってますからね。それもあって、今までドラマでは主人公の作品なかったのかなとも思うんですけど、やっぱり大河ドラマ「いだてん~東京オリムピック噺~」(2019年NHK総合ほか)で演じてもらった田畑政治がすごく良くて、「そうか、もうおじさんなのか、この人も」と思ったんですよね。「大人計画」に入ったときから30年ぐらいずっと一緒にいるから、若いときの印象のままでいたけれど…。今回も脚本を書いている時点ではもうちょっと若いイメージだったけれど、第1話の仕上がりを見たら、ちゃんと50歳の人になっていて、ちゃんと父親であり学校の先生になっていた。そこが良かったですね。


阿部さんがいつの間にか自然に年齢を重ねていたということでしょうか。

そういうことですね。だけど、切れ味や勢い、身体能力、センスは衰えていない。台本で「こう書いたらこういうふうに言ってほしい」というところが、説明せずとも伝わるのは、自分の中に阿部くんの声や演技がインストールされているから自然にセリフが出てくるんだろうし、阿部くんも同じように僕の書いたセリフをしゃべり倒しているから「こういうことですよね?」と上書きしてくれるし。たぶん長い経験でそういう関係になったんでしょうね。


阿部さんが特にここの場面はよく演じてくれたというところは?

もうギャグや笑えるところでは絶対外さないと信頼しているから、今回はそうではないシリアスなところで助けてもらいました。特に第5話、6話で、渚(仲里依紗)が孫娘だと分かってから市郎が運命を受け入れ「これから、楽しみだ」などと言う場面は、書いていてちょっと照れくさかったけれど、主人公だから言わなきゃな、と。そこはいつもより踏み込めたような気がします。

市郎は難しい役だったと思うんですよね。自分には悲しい未来が待ち受けていると分かってからも、毒づかなきゃいけないし、極論を言わなきゃいけない。終盤になってもまだ「チョメチョメ」とか言わなきゃいけないから、矛盾しているのにそう見えないのがすごかったと思います。同じように仲さんも、母親が死んでいると分かっていて、それを昭和から来たおじいちゃんに言わなきゃいけないという難しい設定だったと思いますが、演技力で乗り越えてくれました。


「不適切にもほどがある!」では阪神大震災が出てきて、地上波で放送中の「季節のない街」(テレ東系)は仮設住宅が舞台。宮藤さんはなぜ震災を描き続けているのですか。

単純に自分がこれまで生きてきた中で経験した一番大きい出来事だから。阪神淡路大震災もそうだし、2011年の東日本大震災では、地元の宮城県が被災地になった。今年も能登半島の地震があって、仮設住宅が建っていますし。


「季節のない街」公式サイトのコメントにあるように「(震災に)触れないことが思いやりでは決してない」ということですね。

それは、喜劇を作っているからかもしれないですけどね。「あまちゃん」のときにも何度も言われたけれど、震災が起こらない世界線という選択肢もあるし、起こる前で物語を終わらせる手もあるし、終わった後から始めてもいいのに、あえてドラマの中で描くべきなのか。それはむしろ喜劇を作っているから必要なことなんじゃないか。震災で被害に遭った方々にも笑って欲しいし、その人たちがドラマを見て楽しんでくれればいい。やっぱり人生には悲しみと笑いの両方、両面があるということなんだと思います。

(取材・文=小田慶子)
不適切にもほどがある!

不適切にもほどがある!

阿部サダヲ主演の“意識低い系タイムスリップコメディー”。ひょんなことから1986年から2024年の現代へタイムスリップしてしまった“昭和のおじさん”小川市郎(阿部)が令和では考えられない不適切な言動を繰り返していく。共演は仲里依紗、磯村勇斗、吉田羊ら、脚本は宮藤官九郎が手掛ける。

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