悲劇的な出来事を経験した実在の男を描く映画「くも漫。」が公開中。原作はWEB漫画サイト「トーチ」(リイド社)で'14年から連載開始され、1日4万ビューを記録する人気漫画で、中川学が「人生で一番人に知られたくない出来事」を赤裸々につづったノンフィクション作品だ。
風俗店でのくも膜下発症から奇跡の生還まで、そして風俗店で倒れたことをひたすら周囲に隠そうとする主人公のけなげな姿を描く。笑いたくても笑えない。奈落の底から生還した男の「人生で最も恥ずかしい実録物語」となっている。
主演を務めたのは、タイタン所属のピン芸人・脳みそ夫。演技の経験はなく、オーディションを受けたわけでもない脳に、突然オファーが舞い込んできたのはクランクインの約1カ月前だという。戸惑いを見せながらも真剣に芝居と向き合った脳の映画に対する思いなどを語ってもらった。
オファーは寝耳に水
──突然のオファーだったと聞きましたが?
びっくりしましたね。寝耳に水というか、そういう仕事をいただけるなんて全く想像をしていなかったので。
──オーディションを受けたわけでもないのに、なぜ脳さんに白羽の矢が立ったのでしょうか?
クリエイティブネクサス(映画を企画・製作)の代表の方が、僕が出演していたラジオを聞いてくださっていたらしいんです。そこで、ちょっと興味を持っていただいたみたいです。
──ラジオがきっかけで映画主演とは珍しいですね。
声だったんですかね? まさかラジオを聞いてくださっている方からの映画(のオファー)とは…びっくりしました。
──これまで演技の仕事は?
やってないですね。コントの演技だけです。(自分がやると)考えたことはなかったですね。
──オファーを受けてから、すぐに決断できましたか?
映画の主演なんて一生に一度あるかないかだと思うので、それはもう「こちらこそお願いします」って感じでした。
──初主演というプレッシャーはなさそうですね。
そうですね。何も分かっていない強みというか、(演技自体が)全く経験がなかったので、(主演に対する)プレッシャーはなかったと思います。
──クランクインした日に感じたことを教えてください。
見るもの全てが初めてなので「大変だなぁ」って感じでした。それに、初日から全裸で、前貼り一つで撮影だったので(笑)。
──それはまた大変なスタートでしたね(笑)。
お芝居が初めてなのに、たくさんの人の前で全裸になるのも初めてだし、前貼りも初めてだし、初めて尽くしで脳が処理しきれない感じでした。
男は恥ずかしい生き物
──原作を読んだ時の感想はいかがでした?
気持ちは確かに分かるんですけど、共感まではいかないというか。単純にこの漫画は面白いなって思いましたね。自分が主人公と同じようなことになったとして、自分が風俗に行ったことをここまで隠すかな?って思いました。
──そうなんですか? 男性はみんな共感できる作品だと思っていました。
たぶん芸人なので、その辺の“恥の切り売り”は普通の人よりは平気なのかもしれないですね。
ただ、中川先生が言っていたんですが、平均的な男というのはこんな感じだと。男は恥ずかしい生き物で、こんな恥ずかしい一面を誰もが持っていて、(作品の中では)割りと平均的な男性の実状みたいなものを出していると言っていました。
──女性のお客さんがどう感じるのかも気になりますね。
女性が見てどう思うんだろう?というのはあります。でも、この作品を選んで来てくださる方は楽しめるんじゃないですかね(笑)。普通の人が急に目にしちゃったらどう思うんだろうな?というのはあります。
男性の隠している恥ずかしい部分を見て、「あ、そうなんだ」と思ってもらえたらなとは思います。
──風俗店に行かれたことは?
あまりないですね。
──では、演じる上で誰かに聞いたりしましたか?
そういうことはしなかったですね。自然な方がいいだろうなというのがあったので。実際、そういう場に(撮影の中で)行って、素の自分の「わっ!」って思ったことを「わっ!」って表現したかったので。あまり下調べ的なことはしなかったです。
──コミカルなシーンもシリアスなシーンもありますが、演技の切り替えはできましたか?
この撮影に臨むにあたり、タイタンの太田光代社長から「映画は監督のものなので、監督の指示通りに動きなさい」と言われていました。自分で切り替えるというよりは、監督の演出に従っていったという感じですね。
──小林稔昌監督から言われたことなどはありましたか?
駄目出しなどはなくて、ポイントポイントで言ってくださる感じでしたね。基本的には僕の演技を尊重してくれる感じでした。
目薬を使えばよかった(笑)
──難しかったシーンはありますか?
泣くシーンが難しかったですね。「泣け」と言われてもなかなか泣けないですから。目薬が用意されていたんですけど、はじめから使っておけばよかったなって(笑)。でも、現場の雰囲気で自然に泣かなきゃいけないような早合点をしてしまいまして。でも、自然の方がいいですよね。
──自然に泣くことができたんですか?
車のシーンだったんですが、車を牽引車で引っ張るなど大掛かりなんですよ。一般道での撮影で何回も撮り直せない。そんな中で「この橋を渡り切るまでに泣いてくれ」と指令がありまして(笑)。
普通でもなかなか泣けないのに、みんなが見ていて、プレッシャーの中でそのポイントで泣くって本当に難しいことですよね。泣けないとスタッフの方たちもすごくピリついて、次に泣けなかったら矢面に立って怒られちゃうと思うとつらくなって…2度目で泣けました(笑)。
──経験がない中で泣けるのはすごいことだと思います。
自分の中にこんな能力があったのかって思った瞬間でしたね。達成感はありました。
──共演者にはベテランの方がそろっていますね。
平田満さん、立石涼子さんはすごいですね。「僕がやっているのは何なんだろう?」って思ってしまうくらい“これぞ芝居”というのを見せていただきました。一緒に演じさせていただいて、ビンビン感じるというか。
でも、実際はすごく優しくて。もしかしたら「何でこんな芝居経験のないやつと一緒にやらなきゃいけないんだ?」みたいに思われているのかと思っていたんですけど、そんなことはなくて「自然でいいね」って言ってくださったりして。やっぱり大物は優しいんだなって(笑)。
──この映画を見てもらいたい人はいますか?
(事務所の先輩である)爆笑問題さんには見てほしいです。太田光さんは映画に興味のある方だと思うんですけど、「何でお前が主演なんだ? 俺と代われ」と言っていました(笑)。応援してくれているのが伝わってきましたね。ぜひ、感想を聞かせていただきたいです。
──今後も役者の仕事は受けますか?
お話をいただけるなら「ぜひ、お願いします!」という感じです。ただ、主演からのスタートなので、これ以上はなかなか…(笑)。
──では、最後にメッセージをお願いします。
経験として主演を1本やらせていただけたのは、すごく感謝しています。どういう形でお笑いに還元できるかはわからないですけど、経験としては何かにつながるはずなので。
爆笑問題の太田さんもうらやましがった主演をやっています(笑)。ぜひ、見てください!
公開中
出演=脳みそ夫、柳英里紗、沖ちづる、板橋駿谷、坂田聡、立石涼子/平田満
原作=中川学「くも漫。」(リイド社刊)
監督=小林稔昌
脚本=安部裕之
企画・製作=クリエイティブネクサス
配給=トリプルアップ
【HP】kumoman-movie.com
(C)クリエイティブネクサス