宮本浩次、初のカバーアルバム発売「女性の曲を歌うことで、自分が解放される感覚がありました」<インタビュー>
ソロっていうのは自分がこれまでやってこなかったことの“解放”だと思っているんです
――4月の緊急事態宣言下で、カバー集の選曲をすることに。
「まずは曲を、自分の好きだった歌だけじゃなくてスタッフや周りの人からも募って、集めて聴いていきました。あの頃、自粛しようぜみたいな雰囲気があったじゃない? ツアーも全部なくなっちゃって、人と会うのをやめようという中で、いったい自分はここで何をやるべきかと熟慮しました。『俺にできることは何だ⁉』と。それで1日1曲、できれば2~3曲を弾き語りでカバーすることを自分に課した。あと、インスタグラムに自撮り写真を上げるというのをね(笑)。やることないからちょうどいいじゃない? 毎日ちゃんと作業場に行って、一人でこもって、曲を考えてカバーをして、インスタグラムをする。それが自分の最大のできること。ごはんを食べるのと同じように、それを私の仕事、私の日常にしていったわけです。『あぁ、これをやればいいんだ、俺は』と思いました。緊急事態宣言という緊張感のある状況下で、集中力が高まった状態で、日本の名曲をたくさん聴くことができたし、取捨選択する時間もふんだんにあった。自分が当時よく口ずさんでいた歌や、大ファンだった松田聖子さんの歌、昔から歌謡曲が大好きだから資料もいろいろ持ってるわけです。阿久悠さんの歌詞のCD集とか、フォークソングの人気のCDボックスセットとか。『The Covers』のスタッフが宮本浩次に歌ってほしいと作ってくれた3枚組のCDもとても参考になりました。まだ女性ものにこだわっていなかったから、泉谷しげるさんやガロもありましたし、子供の頃大好きだった演歌も含めて、相当聴いたと思います。でもおかしいのがさ、みんなそれぞれ趣味があって、好きな歌手の曲ばっかり10曲も持ってくる人がいたりして(笑)。で、入ってないと怒りだしちゃったりして。でも確かに自分の青春の曲を出すのって、うれしい反面、恥ずかしい作業でもあるよね。選ばれないと自分が否定された気になっちゃうぐらい、やっぱり歌っていうのは人の心に、血液のように流れている。ただの歌じゃないんだよね。どの曲ももちろん素晴らしいし、結構みんなムキになっていたけど(笑)、結局は自分が歌ってグッとくる歌、自分が慣れ親しんだ歌になりました。私が生まれた1966年から、エレファントカシマシがデビューした1988年までの歌を基本に、絞っていってスタッフに聴かせたのが20数曲だったと思う」
――女性の歌にしようと決めたのは。
「最初に女性の曲をカバーしたのがエレファントカシマシの2008年のアルバム『STARTING OVER』に収録した『翳りゆく部屋』(荒井由実)。当時のスタッフが、『宮本くん、そろそろカバーを1曲入れてもいいんじゃない? 好きな曲を1曲入れようよ。ビートルズも(ローリング)ストーンズもやってるじゃないか』って言って。その頃はまだ歌謡曲という発想がなかったから、大好きなユーミンの『翳りゆく部屋』を選んだの。さらに、2017年にエレファントカシマシで出演した『The Covers』で、『喝采』(ちあきなおみ)と『赤いスイートピー』(松田聖子)を原曲キーで歌った。当時は、えっ!俺が松田聖子さんの曲を歌うのか!と自分にとってもすごくインパクトがありました。でも改めて聴いたら、もう、その世界の虜になっちゃった。松本隆さんの歌詞、ユーミンの曲、聖子さんの声、純粋な乙女を演じきっているパフォーマンス……。しかもちゃんと歌ってみたら、リスナーとして聴いているときに感じた以上に、ほんっとにすてきな歌だったんだよ。歌えたときの解放感が、尋常じゃなかった。それは『喝采』も同じで、子供の頃は意味も分からずに歌っていました。ちあきなおみさんのあの個性の塊のような、とんがったルックスと、歌唱力と、あの歌の世界。すごいインパクトだった。自然と歌詞も全部知っていて、でも実際に歌ってみたら、本当に心揺さぶられた。それらがあって、自分も、ファンの人を中心とした世間も、宮本の女の人の歌、なかなかイイじゃないかっていうふうになったと思う。何の曲でもああなるわけではないんだけど、歌ってみて分かったのは、俺自身が大好きな世界だったってこと。2曲とも、自分の成長過程にものすごくインパクトを与えた歌だと確認できました」
――女性の曲を歌うことによる“解放感”。
「最近、ソロっていうのは自分がこれまでやってこなかったことの“解放”だと思っているんです。例えば、子供の頃は白シャツなんて着ていなかった。模様のシャツも好きだったし、青だって緑だって着てたんですよ。でもいつの間にか、白シャツに黒のジャケットしか着ない。4人の男のエレファントカシマシで、男の歌を歌う。そういう風に30年以上――12歳で出会ってるから40年以上か――エレファントカシマシを基準に生きてきて、どんどん自分で決めていっちゃったの。もちろんそれが若いときからの仲間の、バンドのストイックな魅力の一つではあるんだけれども。でも一方で、例えば永ちゃん(矢沢永吉)の、俺の好きな『時間よ止まれ』は作曲は永ちゃんで、詞はプロの作詞家である山川啓介さんが作っている。大好きなジュリー(沢田研二)は阿久悠さんが作詞、大野克夫さんが作曲した歌を、素晴らしい歌唱力とパフォーマンスで歌ってみんなを虜にしていた。俺もバンドだけじゃなくて、自分を解放したい。もう50代で残り少ない人生。誰もがいろんな面を持っていると思うんだけど、それを解放したいという思いがあるんです。その中に一つ、『女性性』みたいなものとか、パフォーマーとしての面があると思っていて。椎名林檎さんとの『獣ゆく細道』もそうだし、4月には『ミュージックステーション』(テレビ朝日系)のスペシャルで、『赤いスイートピー』を歌ったんですよ。浮雲さん(G:長岡亮介)とか蔦谷くん(Key:蔦谷好位置)と一緒にさ。ああいう時間が楽しい。人にプロデュースされたり、自分の曲でも何でもない大名曲をテレビで歌ったりすることで、自分が解放される感覚があるんです」
宮本浩次 ユニバーサル シグマ 3000円+税(通常盤)
収録曲●あなた/異邦人/二人でお酒を/化粧/ロマンス/赤いスイートピー/木綿のハンカチーフ-ROMANCE mix-/喝采/ジョニィへの伝言/白いパラソル/恋人がサンタクロース/First Love(全12曲)
1970年代の歌謡曲を中心に選ばれた12曲。初回限定盤のボーナスCDには、「二人でお酒を」とアルバム未収録の「September」「思秋期」「私は泣いています」「あばよ」「翼をください」計6曲の「弾き語りデモat作業場」が収録されている。
みやもとひろじ=1966年6月12日生まれ、東京都出身。エレファントカシマシのボーカル&ギターとして88年デビュー。2018年に宮本浩次名義で椎名林檎、東京スカパラダイスオーケストラとのコラボレーションを経て、19年2月「冬の花」でソロデビュー。今年3月に1stアルバム『宮本、独歩。』を発売。
撮影=下林彩子/取材・文=滝本志野